その晩、私は、大平くんと一緒に六本木の大交差点から外苑東通りを国立新美術館の方向に進んだ。左右には派手派手しい飲食店のネオンが輝き、初めて夜の界隈を歩く大平くんは、しかし六本木というのはキャバクラやバーが多いですね、溜息をつくように隣で語るのでした。

 

 昼から続いた糸のような小雨はやんでいたが、十月にしては肌寒い夜で彼はブルゾンのポケットに両手を入れ、周囲をキョロキョロしていました。やがて、外苑東通りの右手に折れたすぐの所にひときわ目立つカラフルな立て看板とミラーボールが燦燦とし、逆光を帯びた黒服の従業員が私たちを見つけるや、すぐさま地下一階へと案内するのでした。

 

 広いホールにはソファごとに下着姿の妙齢な美女が客の間で接待し、中にはマイクロビキニを身にしている嬢もいるわけで当時流行したランジェリーパブには休日の開店時間だというのに客がいっぱいでした。

 

 私たちのボックスには二人の女性が付き、肉感的などちらかというとあか抜けないが癒し系のルリという嬢に大平くんは鼻の下を伸ばしご満悦だったものです。

 

 壁にはミラーボールや間接照明が反射して、有線のテクノの音量が耳にほどよく店内は時間が経つ程活況となります。結局大平くんは上機嫌でルリを場内指名し名刺交換をして、小声でひそひそ話をしているのが印象的でした。

 

 その晩を境に大平くんは土曜日になるとルリを求めて六本木のそのセクキャバに通うようになったのですが、私との間で少し距離ができます。というのは、当時の私は自分にあったライフスタイルとか生き方というのは自分の性格にあったものでなければならないという事に遅まきながら気づいていたのです。本来自分はそんなに人付き合いが好きな方じゃないし、コミュニケーション能力に秀でたものがあるわけではない。なにを今まで勘違いして、派手な交友や生き方を目指していたのだろうかと疑問に思い出していたのです。結局、コンプレックスの克服だったのかな、まあここは私の物語ではないので先に進めます。

 

 十月に大平くんと二人で六本木のセクキャバに出かけてからというもの、私たちが時々出くわしていた地元小料理屋に彼は顔を出さなくなります。正月明け、前日の雪が薄く道路に氷結した駅前通りを歩いていると、後ろから声をかける者がいて、誰かと思ったら約三か月ぶりに見かける大平くんでした。

 

 折角会ったのですから一杯行きませんか、話したい事もあるし。彼はニコヤカに右手でグラスを持つ格好をします。あまり人に聞かれたくない話なので、魚民にしましょうと言っては駅の南口にある店に私を連れて行こうとするのです。

 

 「いやぁ、その節はお世話になりましたね。」

 

 好人物性を誰よりも顔に貼りつけた彼は、おしぼりで手を拭うと仏様のような笑顔で私に話しかけます。

 

 「その節って、六本木のあの店の事かい。そう言えば、毎週土曜日行こうと思うなんて言ってたけど、今でも行っているのかい。」

 

 「あぁ、あの店ね。やはり、僕にはああいうタイプの店は合わないな。ただ、あの晩、ルリという女の子がいたでしょう。彼女と親しくなってね。彼女から珍しいタイプの店を紹介してもらったんですよね。そこで素晴らしい女性に出逢えて。嬉しくして仕方ないっていうところなんです。」

 

 「珍しいタイプの店?六本木かい。」

 

 「ええ、麻布警察署の裏辺りになるのかな。ホントに追っかけに値する女性と出逢えてね。ルリには感謝しきりというかなんというか。」

 

 当時はまだ麻布警察署がヒルズの先にあった時代だったが、私はそちら方面には不案内で、大平くんの次の言葉を待った。

 

 「今じゃ、毎週末その店に通ってましてね、かつてのアイドルA美の再来のような女性なんですよね。」

 

 先程来、笑顔満面で、まるで結婚式当日に宝くじに当たったかのような風情でした。

 

 しかし、六本木界隈における珍しい店っていうのはどういう店なんだろう。そして、そこで出逢った最高の女性というのは一体どういう女性なのだろうか。

 

 もしかして、SMクラブ?ニューハーフ?

 

 私はとても興味を抱き、身を乗り出したのです。

 

 

 

 

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