ある事件を報じるテレビニュースに映し出されたその純金製の茶碗を見たとたん、ぼくの脳内に浮かんだのは三代目桂米朝の高座姿。演じているのは『はてなの茶碗』だった。
******清水の茶店で安物の茶碗を見つめ「はてな」とつぶやいただけで帰ったのは、いかにも・・というような上品な身なり姿をした旦那。「あれは衣棚(ころものたな)の茶道具屋の主人である茶金さんや。ということはこの茶碗、値打ち物にちないない」と隣りで見ていた油売りが、有り金の二両を軍資金にして強引に茶碗を買って持ち帰り、茶金さんに買い取りを迫る。しかし、「あぁ、それなら傷もないのに漏るから、はてな、と首をかしげてながめていただけや」と聞いて意気消沈。それを目にした茶金さんは、地道に商売にはげめよと諭して三両で茶碗を買い取った。後日、こんな話がありましたと茶金さんが関白鷹司公に茶碗を見せたところ、同じようにポタポタと漏る。この不思議な茶碗の話が広まり、ついには帝(みかど)のお目にかかることになり、さらには豪商鴻池善右衛門がそれを千両で買い取る。物語はそれでは終わらず、今度はその半分の五百両を・・・******
そんな噺を思い起こしたある事件とはこれのこと。
******日本橋高島屋(東京都中央区)で開かれた「大黄金展」の会場で販売価格1040万円の純金製茶わんが盗まれた事件で、窃盗容疑で逮捕された男から180万円で茶わんを買い取った業者が、別業者に四百数十万円で転売していたことが捜査関係者への取材で分かった。転売は窃盗事件が起きた11日のうちに実施されていた。(『朝日新聞DIGITAL 』4月17日5:00配信)******
この事件を報じるテレビ画面に映し出された黄金の茶碗の画像から即座にこの噺を思い浮かべるというのは、たぶんぼくだけではなく、日本全国の落語好きのあいだで同時多発的に起こったことなのではないだろうか。
「落語とは人間の業の肯定である」
とは七代目立川談志のことばだが、現実に剥き出しとなった「業」は、ただただセコく世知辛い。とはいえそのセコさが、落語という芸能のたのしさをより一層際立てるのではあるけれど。
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まことに残念なことに、今、YouTubeには三代目桂米朝がこの噺を演じた動画がない(かつては確かにあった)。代わりといっては甚だ失礼だが、五代目古今亭志ん生のそれを貼りつけるので、興味のある方はどうぞ。