ある音楽人的日乗

「音楽はまさに人生そのもの」。ジャズ・バー店主、認定心理カウンセラー、ベーシスト皆木秀樹のあれこれ

ヴァレンタイン組曲

2022年01月22日 | 名盤

【Live Information】


たまたまつけっ放しにしていたテレビから突然飛び出した、ギターの咆哮。
ワイルドに音を歪ませた、切れ味鋭いギターのカッティング。
ブルースをベースとした、ハード・ロック黎明期の香りがぷんぷん漂うリフ。
画面に映っているのは、サントリーの強炭酸水「THE STRONG」のコマーシャルです。
使われている曲は、ファットボーイ・スリムの「ヤー・ママ」だそうです。
しかし、1960年代後半のロックをこよなく愛する者たちの頭の中は、違う曲名、またはバンド名がよぎったことでしょう。
もしかすると、「おおっ!」と思わず歓声が漏れたかもしれません。
その曲名とは、「ザ・ケトル」。
ジョン・ハイズマンが率いたイギリスのジャズ・ロック・バンド、コラシアムの名盤「ヴァレンタイン組曲」の冒頭に収められています。


コラシアムが結成されたのは、ニュー・ロックやアート・ロック華やかなりし1968年。
ジャズやブルースの要素を大胆かつ積極的にロックと融合させようと試みた彼らは、プログレッシブ・ロックの草分け的存在のひとつとも言われています。


コラシアムがデビューした頃のロック・シーンはまさに混沌、そして百花繚乱。
ジャズやブルースのほか、クラシックや前衛音楽などの多様な音楽や、サウンド面以外にも、例えば照明だったり、アートポップ、ドラッグなどのさまざまな要素が取り入れられ、次から次へと新しい音楽が生み出されていました。
まさにロックの可能性が芽を吹いた、「春」の時代です。
コラシアムが創り出した音楽は、自由で創造的だったこの時代の空気に呼応したもので、荒々しい生命力にあふれていると言えるでしょう。
そのコラシアムの代表作が「バレンタイン組曲」です。





もう遠い過去になりましたが、ぼくの高校生時代は、みんなFM放送で流れる音楽を録音(エア・チェック)して、大事に何度も聞いていましたね。
なにせ、新品のレコードなんてそんなにしょっちゅう買えないですから。
当時は「週刊FM」や「FMレコパル」などFM雑誌がいくつもあって、その番組表にはオン・エアされる曲とその長さまでが載っていたので重宝しておりました。
このカセット・テープに録音できる残り時間がこれだけだから、この曲をここに録音して、、、なんてよくやってましたね。
あるとき、いつものようにFM雑誌を隅々まで眺めていると、NHKのリクエスト番組でコラシアムのバレンタイン組曲(曲のほうです)がオン・エアされるのを見つけたんです。
ロック雑誌「ミュージック・ライフ」でもちろんコラシアムの名だけは知っていたので、「これはチャンス、どんなものか聴いてみよう!」とばかりラジカセで録音したんです。
結果その存在感に圧倒されて、ほどなくレコード屋さんでアルバム(もちろん中古でした)を買ったというわけです。





アルバムのオープニングは、「ザ・ケトル」。
荒々しく尖ったギターのカッティングは、一挙にトップ・ギアに入った感があります。
野性味あふれるベースと縦横無尽に叩きまくるドラムスの荒々しいプレイは、むしろ初々しく、そして清々しい。
まさにハード・ロックです。
続く「エレジー」はサックスによるリフとソロが印象的な、やや陰のある小品といったところでしょうか。
3曲目は、オルガンとホーン・セクションで仄暗く彩られる「バッティーズ・ブルース」。ビッグ・バンド・サウンドを彷彿とさせるヘヴィーなブルースです。
そして、マイナー・ブルースの変形である「機械のいけにえ」。
ロック・ビートとシャッフル・ビートが交互に現れたあとは原始的なリズムの洪水です。いちどフェイド・アウトしてからフェイド・インしてくるのですが、これはビートルズが「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」で使った前衛的な手法です。


レコード盤時代ではここでレコードを裏返し、再度レコード針をレコード盤にゆっくり落とすのですが、そのB面すべてを使って録音されているのが、アルバムのタイトル・ナンバー「ヴァレンタイン組曲」です。
ジュリアス・シーザーの最後の3ヵ月をテーマにしているこの曲は、16分49秒にもおよぶ大作です。





もともとロックの曲は、ポップなメロディと強調されたビートを持つシンプルな作りのものが多く、3分程度の長さの曲が大半を占めていました。
ところが1960年代も中盤になると様々な試みが行われるようになった結果、長尺の曲でないと表現しきれないケースが増えてきました。即興演奏を重視するバンドのインプロヴィゼイションは必然的に長くなりますが、芸術性や多様な表現を追求するバンドの作る曲は構成が複雑になって10分を超えることも珍しくなくなってゆくのですね。
当時を振り返ってみると、ジ・エンド(11分43秒、1967年ドアーズ)、イン・ア・ガダ・ダ・ヴィ・ダ(17分05秒、1968年アイアン・バタフライ)、スプーンフル(16分44秒、1968年クリーム)、ブードゥー・チャイル(15分00秒、1968年ジミ・ヘンドリックス・エキスペリエンシス)、神秘(11分52秒、1968年ピンク・フロイド)、4月の協奏曲(12分10秒、 1969年ディープ・パープル)など、大作の出現が目立ちます。


さて「ヴァレンタイン組曲」ですが、タイトルの通り三つの主題から成り立っていて、それがメドレー形式で切れ目なく続きます。
いろんなものが詰め込まれていて、息をもつかせない感じですね~
緊張感あふれるオルガンで曲が始まるのですが、そこにギターとヴィブラフォンが絡んできて、たちまちハードなジャズ・ロックが展開されます。
もちろんバンドの大きな看板であるジョン・ハイズマンは、ここぞとばかりに叩きまくっています。
これがまたアツいといいますか、濃いといいますか、とてつもない存在感なのです。
続いて登場するのは、ディック・ヘクストール=スミスのサックスです。
ソロになるとテンポはフリーとなります。音色には艶があり、スピリチュアルな感じさえ漂っていて、まるでジョン・コルトレーンを思わせる世界を構築しています。
これを引き継ぐのが、デイヴ・グリーンスレイドの激しいソロです。
荒れ狂うオルガンの洪水から一転、教会カンタータを思わせる荘厳なコーラスをバックに、再びヘクストール=スミスがジャジーに、そして徐々にエキセントリックにソロを繰り広げます。
エンディング前にはベース・ソロに引き続きジェイムス・リザーランドのギター・ソロが始まりますが、ここからはまさにギターの独壇場。
徐々にボルテージは高まり、ついにクライマックスを迎えるのです。
いくつもの場面が劇的に展開してゆき、オルガン、サックス、ギターのソロもたっぷり聴くことのできる、実に濃密な16分49秒です。



上段 左から デイヴ・グリーンスレイド、右=ジョン・ハイズマン
下段 左から ディック・ヘクストール=スミス、トニー・リーヴス、ジェイムス・リザーランド


このアルバムには、全体を通してブリティッシュ・ロックならではの重々しい雰囲気が漂っています。
それでいて革新的で、新たな領域を開拓しようとする気概のようなものも感じます。
とくにキーボードのデイヴ・グリーンスレイドと、サックスのディック・ヘクストール=スミスの存在は際立っているように感じますね。このアルバムが醸し出す雰囲気には欠くことができないと思います。
そしてやっぱり言及せざるをえないのが、ジョン・ハイズマンです。
彼は、当時のイギリスではジンジャー・ベイカーなどと並び称されていた存在でしたが、その評判にたがわぬ圧倒的なドラミングです。
ドラム・ソロこそないけれど、一貫してエネルギッシュに叩き続けるハイズマンのドラムは、やはりバンドの重要なカラーであり、さらには1960年代後半の「時代の雰囲気」を体現しているといってもいいのではないでしょうか。



◆ヴァレンタイン組曲/Valentyne Suite
  ■リリース
    1969年11月
  ■演奏
    コラシアム/Colosseum
  ■プロデュース
    トニー・リーヴス、ジェリー・ブロン/Tony Reeves, Gerry Bron
  ■録音メンバー
   【Colosseum】
    ジェイムス・リザーランド/James Litherland(guitars, lead-vocals)
    ディック・ヘクストール=スミス/Dick Heckstall-Smith(sax, flute④)
    デイヴ・グリーンスレイド/Dave Greenslade(organ, piano, vibraphone, backinng-vocal④)
    トニー・リーヴス/Tony Reevws(bass)
    ジョン・ハイズマン/Jon Hiseman(drums, machine④)
  ■収録曲
   SIDE-A
    ① ザ・ケトル/The Kettle(Heckstall-Smith, Hiseman)
    ② エレジー/Elegy(Litherland)
    ③ バティーズ・ブルース/Butty's Blues(Litherland)
    ④ 機械のいけにえ/The Machine Demands a Sacrifice(Litherland, Heckstall-Smith, Pete Brown, Hiseman)
   SIDE-B
    ①ヴァレンタイン組曲/Valentyne Suite
     a) 第1主題ー1月の追求/Theme One - January's Search(Greenslade, Hiseman)
     b) 第2主題ー2月のヴァレンタイン/Theme Two - February's Valentyne(Greenslade, Hiseman)
     C) 第3主題ー緑なす草原/Theme Three - The Grass is Always Greener(Heckstall-Smith, Hiseman)
  ■チャート最高位
    週間アルバム・チャート イギリス15位



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