泣きながら一気に書きました

不条理短篇小説と妄言コラムと気儘批評の巣窟

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「新語・流行語全部入り小説2022」

 とある昼下がり、頭から色とりどりの女性用下着をかぶった顔パンツ姿の中年男性五人が、中華料理屋の回転テーブルでガチ中華を囲んでいた。そこは店の前に猫よけのペットボトルが並び、軒先にカラスよけのCDが吊されているような古びた中華屋であった。

 全員が薄手の布をかぶって向かい合うその様子はまるでスパイ組織のようでもあったが、彼らが読んで育った漫画は残念ながら『SPY×FAMILY』ではなかった。彼らはいわゆるOBN(オールド・ボーイズ・ネットワーク)、つまりかつて『BOYS BE…』というラブコメ作品に青春を捧げた読者たちなのであった。「青春って、すごく密なので」――そんな言葉が胸に響くような思春期を送った記憶など、現実の彼らにはひとつもなかった。

 いずれにしろそんなものをかぶったままでは、棒々鶏も油淋鶏も食べづらいことこの上ない。彼らが料理の辛さからか性的な興奮からか、布を少しずつズラしてはハフハフ言いながらガチ中華を口に放り込んでいると、隣のテーブルでひとり豪勢に北京ダックを食べていた気の強そうな女が立ち上がり、視界の限られている彼らを上から見下ろして言った。

「あんたら、本当にそれをかぶりたくてかぶってるの? いやならいやって、あたしが監督に言ってやるわよ」

 女はインティマシー・コーディネーターを名乗り、その職務内容について丁寧な説明を繰り返した。だがその意味がわかる者もその必要を感じる者も、ここにはひとりもいなかった。なぜならばここは映画の撮影現場などではなく、単なる町の中華屋であったからだ。それに彼らはもちろん、かぶりたいものをただかぶっているに過ぎなかった。

「ほっといてくださいよ。それってルッキズムですよ!」真っ赤なレースの布をかぶったリーダー格の男が言い返した。「それに俺たちには監督なんていない、『監督』なんて肩書きは、もう古いんだよ!」

 明らかなセクハラ行為を撒き散らしている人間の口から、まさか「ルッキズム」などという意識高い言葉が出てくるとは思わなかった女は、反論するのも面倒になり、ただ「知らんけど」と呟いて会話を打ち切ることにした。そして無闇に高い位置に設置されているテレビ画面へと、咄嗟に目を逸らした。

 だがその画面の中にもまた、ピンク色のパンツ一丁姿のピン芸人が現れた。彼は音楽に合わせて様々なポーズを決めるたびに、その股間へ小麦粉の袋やらアメリカ産牛肉のパックやらを挟み込みながら、「安心してください。値上げしてませんよ!」という決め台詞を繰り返すのだった。画面の隅には〈とにかく悪い円安〉と表記されていたが、その文言がこの男の芸名なのかなんらかの政治的なメッセージなのか、彼女にはよくわからなかった。

 女が食事を終えて会計を済ますと、店主が「どうぞ」と言ってヤクルト1000を手渡してきた。焼き肉屋でガムを渡されたり、韓国料理屋で乳酸菌飲料を渡されたことはあるが、それなりに値の張るヤクルト1000とはずいぶん気が利いている。だがそこまでするならば、肝心の料理からそのぶんだけ値段を引いておけよと、女は思わないでもなかった。

 黙ってヤクルト1000を頂戴したインティマシー・コーディネーターの女は、そのまま店の自動ドアの前に立って開くのを待った。すると開いたドアの向こうから、「キーウ! キーウ!」という何かの鳴き声のような音が、耳をつんざくほどの大音量で突き刺さってきて、彼女はその音圧により店内へ押し戻されてしまった。

「出たな、令和の怪物が!」青い下着をかぶった男が待ってましたとばかりに、テーブルを両手で叩いて言った。「こうなったらもう、#ちむどんどん反省会なんかやってる場合じゃあないな」

 この日彼らが集まったのは、この店でつい先日消えた幻のメニュー「血無呑丼(ちむどんどん)」の反省会をおこなうためであった。こう見えて彼らは、この中華料理店のオーナー集団であり、店主の新メニューが失敗作に終わった際には、その原因を究明し、強く反省を促す必要があった。「血無呑丼」とは、血抜きを念入りにおこなったレバーを用いることで、呑み込みやすく工夫した親子丼のことであった。だが結局のところレバーの臭みはいくら頑張ってみても抜けきらず老若男女から大不評に終わり、二週間で諦めざるを得なかったのだ。

「とりあえず、BIGBOSSに連絡だ!」

 彼らモテない青春期を送ったOBNの面々は、モテの権化であるBIGBOSSと呼ばれる存在を、とにかく崇拝していた。すでに性的な欲望を超越し、ムラムラから完全に解放されているように見えるBIGBOSSのことを、彼らは村の神様と掛けて「村神様」と心の中で呼んでいるほどであった。もしも国を挙げての国葬をおこなうとしたら、それにふさわしいのはBIGBOSSしかいないとすら彼らは思っていた。

 電話を受けた襟の大きなBIGBOSSの口調がなんだかモゴモゴしていたのは、ちょうど自宅で昼食のきつねダンスを摂っているところであったからだ。変わり者の彼は、好物の『赤いきつね』をいつも大量にタンスの中にしまい込んでおり、それを食べる際には、タンスの抽斗の中で湯を注ぎ、そのまま抽斗をテーブル代わりにして食べるのを習慣としていた。防虫剤の臭いが揚げに染み込むのがまたたまらないのだと、BIGBOSSはこのときも独特のグルメレポートをして、OBNたちの食欲を一瞬にして消失させた。

 BIGBOSSが到着する前に、まずは外の様子を伺っておこうとOBNの五人はいっせいに店外へ飛び出した。インティマシー・コーディネーターの女も慎重な足取りで、そのあとをこっそりつけていった。

「まるでメタバースの世界だわ!」

 山を背に人々が行き交う街中で、天にも届く一羽の巨大な怪鳥が鳴き声を上げていた。怪鳥は両の翼を身体の前に寄せてファイティングポーズを取っており、そのスタイルから「てまえどりの一種ね」と女は即座に断言した。しかしそのような種類の鳥が本当にいるのかどうか、本当にわかる者は女を含めて誰ひとりいなかった。「祈るようなポーズに見えることから、『宗教2世』とも言われているの」

 女がそのように適当な思いつきを口にしはじめたのは、おそらくはインボイス制度の弊害であると思われた。インボイスとはもちろん「心の声」のことであり、インボイス制度が適用されれば、人間はみな心に思ったことはすべて口に出さなければならない。そのシステムはまだ適用前であるものの、彼女はいちはやくそれに対応すべく、ただ思い浮かんだことを次々と口にしてみることがあった。「それにしてもずいぶんなスマホっ首、そのうえスマホショルダーな鳥よね。いつも鳥の交尾動画ばかり観てるから、あんな情けないなで肩になってしまうのよ」

 話し相手であったはずのOBNの五人は、いったん街の被害状況を調査すべく、すでに散り散りになっていた。おかげで彼女の思い込みによるフェイクニュースを耳にせずに済んだのは、双方にとって幸運であったと言っていい。

 一方そのころ、国によって新設されたこども家庭庁へ、この周辺にある小学校から一斉に緊急連絡が入っていた。それはなにやらこの怪鳥が、特に小学校を狙って攻撃を加えているらしいとの報告であった。

 だが女の見るところ、怪鳥は明らかにこの中華料理屋を目指して突き進んで来ているように思われた。そこへ派手なエンジン音を響かせながら、三輪バイクに跨がったBIGBOSSが滑り込んできた。それに合わせるようにOBNの五人も、各方面から走って駆け戻った。陽光を受けて、BIGBOSSの不自然に白い歯がキラリと輝いた。

オミクロン株は、誰が倒したんだっけ?」BIGBOSSが訊いた。
「はい、BIGBOSSに決まってます!」OBNの五人が声を揃えて答えた。
「OK! では状況を報告しろ」

 BIGBOSSが促すと、五人はそれぞれに目にした襲撃状況を伝えた。報告によれば、襲われているのは小学校、ふとん屋、フライドチキン店、プリン専門店、イトーヨーカドーとのことであった。

「OK! 謎はすべて解けた!」
 BIGBOSSは、マントを優雅にはためかせてから言った。
「奴は、鳥が関係している場所しか狙っていない!」

 たしかに、小学校には鶏を閉じ込めた小屋があり、ふとん屋には鳥の羽根をむしった羽毛布団があり、フライドチキン屋は言わずもがな、プリン屋は彼らの未来を担うはずの卵を大量に消費し、イトーヨーカドーには鳩のマークが磔にされていた。

「ところでお前ら、ここで何を食ってたんだ?」BIGBOSSが赤パンティーに向けて、唐突に質問を投げかけた。
「何って、いわゆるガチ中華ですよ……だからえーっと、棒々鶏とか、油淋鶏とか……」
「あたしは北京ダック! それとヤクルト1000も飲んだわ。ヤクルトといえばスワローズ。つまり、鳥」インティマシー・コーディネーターの女が会話に割り込んできた。「なるほど、だから奴は、この店に向かってるってわけね」

 地上を歩いていた怪鳥がにわかに羽ばたき、遥か上空から中華料理屋に迫った。三輪バイクから降り、咄嗟にバットを構えて左足を上げたBIGBOSSは、迫り来る鳥に向けてキラリと白い歯を見せて鋭く笑った。すると怪鳥は空中でまぶしそうに、両の羽で目を塞いだまましばしその動きを止めた。

「出た! BIGBOSSリスキリングだ!」

 黄色い下着をかぶった男によれば、それはBIGBOSSの必殺技であり、その白い歯の輝きが「リスをも殺す」という意味であるらしかった。それが本当に殺すという意味なのか、あるいは惚れさせるという意味なのかはインティマシー・コーディネーターの女にはわかりかねたが、彼女もすでにBIGBOSSの虜になっていたのは間違いがなかった。そして相手がリスどころではなく遥かに大きな怪鳥であることも、やはり間違いのないところであった。怪鳥は再び羽を大きく広げて体勢を立て直すと、再びBIGBOSSに向けて急降下していった。

「奴の弱点は、光よ!」インティマシー・コーディネーターの女は突如走り出すと中華料理屋の軒先で高くジャンプし、懐から取り出したヌンチャクの先に引っかけた何かを、BIGBOSSに向けて勢いよく投げつけた。彼女がひそかに最近はまっていたヌン活が、思いがけず役に立った瞬間であった。

 その直前に、ふらふらと店先に出てきた中華料理屋の店主から、会計後の客と間違えられてヤクルト1000を受け取っていたBIGBOSSは、景気づけにそれをひと息で飲み干した。そしてその湧き上がる1000億個レベルの乳酸菌の力に乗せて「ヤー!パワー!」と叫ぶと(「ヤー」はヤクルトの「ヤー」)、飛んできた銀色の円盤の側面をバットの芯で確実に捕らえ、怪鳥に向けて思いきり打ち放った。円盤は回転する光を放ちながら、怪鳥の眉間に鋭く突き刺さった。

「本来ならば聴くべきものを相手に読ませる、つまりオーディオブックってわけ」インティマシー・コーディネーターの女が投げたのは中華料理屋の軒先に吊されていた、カラスよけのCDであった。その盤面の光とBIGBOSSの白い歯の光が同時に襲いかかることによって、怪鳥は目に飛び込んでくる光を避けきれず、方向感覚を失ったまま山の向こうへと飛び去っていった。「二刀流の大谷ルールで来られたら、あんたもたまったもんじゃないわよね。ご愁傷さま」

 こうして怪鳥は無事に退治され、BIGBOSSは鮮やかに三輪バイクで走り去っていった。遅れて到着した警察がひと目見て現場の状況を把握し、女のすぐそばに女性用下着をかぶって集まっていたOBNの面々を問答無用で連行していったのは、言うまでもない。

新語・流行語大賞2022 候補語一覧》
1. インティマシー・コーディネーター
2. インボイス制度
3. 大谷ルール
4. オーディオブック
5. OBN(オールド・ボーイズ・ネットワーク)
6. オミクロン株
7. 顔パンツ
8. ガチ中華
9. キーウ
10. きつねダンス
11. 国葬
12. こども家庭庁
13. 宗教2世
14. 知らんけど
15. SPY×FAMILY
16. スマホショルダー
17. 青春って、すごく密なので
18. #ちむどんどん反省会
19. 丁寧な説明
20. てまえどり
21. ヌン活
22. BIGBOSS
23. 村神様
24. メタバース
25. ヤー!パワー!
26. ヤクルト1000
27. リスキリング
28. ルッキズム
29. 令和の怪物
30. 悪い円安


※本文中には、新語・流行語の意図的な誤用が含まれております。各自正しい意味をお調べになることをお勧めします。
※この小説は、新語・流行語大賞の候補語30個すべてを本文中に使用するという、きわめて不純な動機のみで書かれたフィクションです。


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