ヘーゲルの論理学では、絶対知は全てを包括するが、それ自身は空虚。すべてを規定するが、それ自身は無規定。


ヘーゲルの普遍性・全体性は一元論。全てが全体性に含まれるのだから、そこにはなんら差異はなく、そういう意味で空虚であり無規定だが、それは「0」ではなく「1」。


私の三元論においては、当然のことながらこれが「3」になる。「無=3」は変でも、「3=無」は「じゃんけん」の三すくみを考えれば誰もが納得できるでしょう。