2018年11月中旬の蔵前・浅草橋・小伝馬町散策の続き。
「鳥越神社」「寿松院」とお参りした後は、「蔵前神社」に向かいました。
鳥越神社・寿松院のレポ
都営浅草線蔵前駅近くの路地に、「蔵前神社」はあります。朱の鳥居が鮮やかですね~
鳥居をくぐり、境内を進むと、左手にまた朱の鳥居が見えて来ます。
こちらは、「福徳稲荷神社」。「蔵前神社」の社に末社になります。
「福徳稲荷神社」の御社。
「福徳稲荷神社」の隣には、立派な建屋があって…。「蔵前神社」の社殿のようです。
社殿の壁には、大きな絵馬が掲げられていて…
「蔵前神社」の社殿を正面から。また脇から入ってしまったようです…(^^;
拝殿手前の狛犬。
拝殿に近づいて…
境内には、「力持」という石碑がありました。昔の錦絵がはめ込まれているようです。
この「力持」の石碑の由緒書き。「浮世絵師 宇田川國安錦絵 文政七年之春 御蔵前八幡宮二於而 奉納力持」。
この錦絵は、文政7年(1824)春に、御蔵前八幡宮(現蔵前神社、旧石清水八幡宮)で行われた「力持」の技芸の奉納を描いたもので、作者は初代歌川豊國門下の三羽烏と言われた宇田川国安です。
錦絵の「大関金蔵」は当時有名な素人の力持ちで、神田明神下の酒屋・内田屋の金蔵と思われます。
これらの錦絵は、奉納力持の記念として制作されたものですが、絵の中に当時の日本酒の銘柄が入った酒樽が描かれていることから、そのまま宣伝用のポスターとして使用されたのではないかとも言われています。
また、御蔵前八幡宮は、勧進大相撲の発祥の地であり、回向院・深川八幡とともに、勧進大相撲が行われた三大拠点の一つでした。
天明2年2月場所では、63連勝中の谷風梶之助が、小野川喜三郎に敗れて江戸中が大騒ぎとなりました。
へぇ~ここ「蔵前神社」は、勧進大相撲の発祥の地なんですね。知らなかった…(^^;
その錦絵を、左から…。「小結 佐七」「小結 平蔵」の二人が描かれ、佐七が片手で持ち上げている酒樽には、剣菱と思われるマークが入っていますね。
中央の錦には、「関脇 与五郎」「大関 久太三郎」の二人が…久太三郎は、男山・瀧水と書かれた樽を足で支えています。
右の錦絵には、「関脇 直吉」「大関 金蔵」の二人が描かれていて、88貫目、120貫目の大きな石を持ち上げています。
「元犬」という犬の像。
その横には「古典落語ゆかりの神社」という由緒書きが!「元犬」「阿武松」の落語にゆかりがあるようですが…
「元犬」
蔵前の八幡様の境内で満願叶って人間になった真白い犬が奉公先で巻き起こす珍騒動は…
「阿武松」
江戸時代、勧進大相撲発祥の地・蔵前の八幡様で、名横綱に出世した相撲取りの人情噺。
「蔵前神社」は、古典落語ゆかりの地でもあるのか~全然知らなかった…(^^;
社殿正面にある鳥居を、境内の外に出て、パチリ。
神社の玉垣には、「大日本相撲協会」や「横綱 千代の山 雅信」の銘があって…。
「横綱 東富士 欽壹」「大関 栃錦 清隆」の銘も…
「林家正蔵」の銘もありましたよ!
「横綱 鏡里 喜代治」の銘に…
「横綱 吉葉山 潤之輔」に「大関 三根山 隆司」の銘も…
「蔵前神社」の由緒書き。5代将軍徳川綱吉公が、元禄6年(1693)に「石清水八幡宮」を勧請したのが始まりで、享保17年(1732)に類焼し、浅草三嶋町に遷されていましたが、延享元年(1744)に、元地である藏前(八幡町)に還幸しました。
正式な社号は「石清水八幡宮」ですが、一般には「蔵前八幡」「東石清水宮」と唱えられ、庶民の崇敬者が甚だ多く、関東地方における名社の一つに数えられました。
玉垣には「落語協会」の銘もありました。ホント、大相撲と落語に、ゆかりのある神社なんですね。
「蔵前神社」をお参りした後は、帰路につきましたので、このシリーズも終了です。こちらもまたお付き合い頂き、ありがとうございました!
台東区内は、また散策していますので、別のシリーズでレポして行きますね。
蔵前神社
東京都台東区蔵前3-14-11
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