供養ってどうすればいいの? 供養の種類と方法について(保存版) | 善住寺☆コウジュンのポジティブログ☆ 『寺(うち)においでよ』

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 私がいつもお通夜かお葬式の時にお話しすることが「供養」についてです。

 

 皆さんにおすすめしている3つの供養についてお話しします。

 

 

 

利供養(りくよう)

◎1つ目は「利供養(りくよう)」といって、故人の喜ぶことをするという供養です。

 

 故人はなにをしたら喜ばれるでしょうか。

 

 きっと故人の思い出話をしてさしあげると喜ばれるのではないでしょうか。

 

 あんなこともあったねと笑い、あんなこともあったねと泣き、皆で大いに語り合ってください。

 

 中には故人の好きだったものをお供えして一緒に食べるという方もおられるようです。

 

 そしてなにより、遺された子や孫の皆さんが「故人のおかげでこの世に生まれてくることができてよかった」という思いで生き生きと暮らしている姿を見せてあげることが、何よりの利供養になるはずです。

 

 故人の喜びにフォーカスすることで、悲しみにばかり引きずられないでしょう。

 

 

敬供養(きょうくよう)

◎2つ目は「敬供養(きょうくよう)」といって、故人に感謝の思いを伝えるという供養です。

 

 あの時あんな言葉を掛けてくれたよね、ありがとう。

 

 あの時そっと支えてくれたよね、ありがとう。

 

 大きくなるまで育ててくれたよね、ありがとう。

 

 今の自分があるのはあなたのおかげだよね、ありがとう。

 

 そんなたくさんのありがとうが見つかると思いますが、ぜひそれを言葉にしてみてください。

 

 感謝を伝えることによって心の整理にも繋がります。

 

 もし過去のわだかまりがあったとしても、しだいにほどけていくでしょう。

 

 

行供養(ぎょうくよう)

◎3つ目は「行供養(ぎょうくよう)」といって、故人とともに仏の教えを実践するという供養です。

 

 故人はカルマ浄化の期間に入りますが、大切な人を亡くしたこの時を機縁にして、仏の教えをぜひ実践していきましょう。

 

 中国・唐代の詩人である白楽天が道林禅師に「仏の教えとはどういうものでしょうか。」と尋ねたところ、「悪いことをしてはいけない。善いことをしなさい、そして自分の心を浄めなさい、これが仏の教えです。」と答えたといいます。

 

 白楽天は「そんなことなら三歳の子供でもそう言うでしょう。」と言うと、道林禅師は「三つ子でもわかることが、八十の老人でも実践できないではないか。」と返した逸話があるそうです。

 

 頭で思うのは簡単でも、実践することは難しいのが仏の教えです。

 

 さてそれでは悪いこと、善いこととは具体的にどのようなことでしょうか。

 

 まず、悪いことには十の行い(十悪業)があり、それらはすべて貪瞋痴という三毒に身と口を意とが侵食されて生じるものなのだといいます。

 

 

【十悪業】

 

①「殺生(せっしょう)」

 命を奪う事はもちろん、暴力をふるうこともまた生き生きとした心を殺す行為となります。

 

②「偸盗(ちゅうとう)」

 与えられていない他人のものを盗る行為です

 

③「邪淫(じゃいん)」

 性の暴行、傷つく事を承知の性行為です。

 

①~③が三毒が抑えられず「身」から生じたものとなり、次の結果への原因、つまり復讐の種となるカルマです。

 

戦争では殺人、窃盗、レイプは三点セットです。日本ではピンとこないでも、このカルマの中に入ってしまうかもしれません。

 

それに平和でモラルのあるように見える日本の中でも、女性、もしくは子供への性暴行の問題(フジテレビやジャニーズなど)が毎日のように報道されています。

 

 

④「妄語(もうご)」

 人を惑わす言葉や嘘をつくという虚偽の言葉のことです。

 

➄「綺語(きご)」

 正論や綺麗事で他者を裁く言葉のことです。

 

⑥「悪口(あっく)」

 貶めたり中傷したりする言葉のことです。

 

⑦「両舌(りょうぜつ)」

 あちらとこちらで言うことが違う二枚舌の言葉のことです。

 

④~⑦が三毒が抑えられず口から生じたものとなり、カルマとなります。

 

 

⑧「慳貪(けんどん)」

与えず欲しがるばかりの心

 

⑨「瞋恚(しんに)」

怒り、恨み、憎しみの心

 

⑩「邪見(じゃけん)」

一方的な見方、偏見を押し付ける痴(おろ)かな心

 

⑧~⑩が三毒が抑えられず心(態度)から生じたものとなり、カルマとなります。

 

貪られた分は貪り返したい。怒りをぶつけられた分は怒りをもって返したい。偏見を押し付けられた分は、偏見を押し付けて返したい。そういう因縁を生む心の状態です。

 

 

これらの十悪業が引き起こす延々と繋がる因縁を断ち切っていくことが仏の教えです。

 

悪業を落とすために習慣的にそれを戒め、善行を行っていくことが十善戒です。

 

 

【十善戒】

 

弟子某甲 尽未来際

不殺生 不偸盗 不邪淫

不妄語 不綺語 不悪口 不両舌 

不慳貪 不瞋恚 不邪見

 

 

我々生きたものが悪業を落として善い行いをすることで、故人のカルマ浄化の恩恵ももたらされるはずです。

 

故人と離れ離れになってしまっても、同じ一本の仏道の上に進んでいるのだという感覚は、寂しさを和らげてくれることでしょう。

 

※お香を焚くということも、「自らが自らの心を浄める」行供養になります。

 

 

 


 

 

 以上の三つの供養を「三種供養」といいます。

 

 このお話をお通夜の時に聞いて下さった女子バスケットボール元日本代表の監督さんが、「私は生前故人には大変お世話になりました。故人のことを思って十善戒を実践してみます」って言って下さり、大変嬉しかったという思い出があります。

 

皆さんもぜひ実践してみてくださいね。

 

参列の方々におかれましては毎回毎回同じ法話をしていますが、どうぞご了承ください。