登場する人物、団体、名称はすべて架空のものです。

 

初めての方は プロローグ からお読みください。

 

 

 

 

 

ドアの向こう側にいたのは

 

 

 

 

亜由美だった。

 

 

 

 

 

「ぁ・・」

 

 

 

 

 

 

いいタイミングで現れた彼女の名前の一文字目を口にしたその時、

 

亜由美は私の声をかき消すような、

 

半ば叫び声のような声で私の名前を口にした。

 

 

 

「あ~!!美桜~っ!

 

ちょうどよかった!お願いっ!!!

 

今日の体育祭委員会、

 

代わって~っ!!!

 

お願いっ!!!」

 

 

いいタイミングって思ったのは

 

私だけじゃなくて

 

亜由美もだったみたい。

 

 

 

って・・・体育祭委員会・・・?!
 


「ちょ・・・委員会って??」


 


「お願い!

 

ねっ!!

 

お願いしますっ!!!」

 

 

 


私の問いかけをまるで無視して

 

そう懇願する亜由美は

 

ダメ押しみたいに、拝むように手を合わせてくる。

 

そんな亜由美の強引さに引きずられまいと、

 

私はとにかく、


「だから、委員会って何?」

 

 

と、もう一度そう返した。

 

 

すると、彼女は一瞬面倒くさそうな表情を浮かべたが、

 

すぐにわざとらしく、懇願の顔に戻って

 

その理由を滔々と吐露しだした。

 


「今ね、メールが届いて!!!

 

 

 

あきらめてた東方神起の今夜のライブチケット

 

友達がゲットしてくれたんだって!!

 

 

だからね、今すぐ急いで帰らないとライブに間に合わないの!!

 

どうしても行きたいの!!!

 

美桜様、お願いしますっ!!!!」

 

 

 

そう息つく暇もなく一気に理由を述べた彼女は

 

もう一度パンっと手を顔の前で合わせて

 

私を拝むようにしつつ、

 

その丸い目を潤ませるようにして

 

私から、Yesの答えを引き出そうている。

 

 

そんな手、口、目、総動員で哀願する彼女に

 

わたしは呆気にとられてしまった。

 

 

わがままな彼女だけれど、

 

ここまで必死な感じも珍しい。

 

本当にどうしてものお願いなんだろうな

 

うーん、今日のこれからの予定は特にないし、

 

引き受けてあげてもいいかな・・・

 

一生のお願い、とでも言わんばかりの様子の亜由美に

 

OKと言いそうになったところで、

 

ちょっとちょっと、何で素直にYesなんて言ってあげらるものだろうかと、

 

頭の中にいるもう一人の自分が打消しに入ってきた。

 

 

危ない危ない、

 

私ったら、本当にどこまでお人よしなんだろう。

 

亜由美ってば、人のことなどお構いもなしに

 

いつも自分のしたいようにして、

 

今日だって、朝の通学の時からひっぱり回された。

 

それに、英語の時間だって、あんな目に遭わされて、

 

そこに来て、今度は私の都合なんて考えもせずに

 

こうやって強引にお願いしてくるなんて・・・。

 

特に英語の授業のあれは、本当に・・・

 

そんな風に頭の中で愚痴が始まって、

 

英語の授業のことを振り返ったところで

 

自分も亜由美を探していたことを思い出した。

 

そうだった。英語の授業の時の、あのメモ、

 

あの紙の内容が聞きたかったんだ!


 


 


わたしは

 

 

 

「いいけど、でも・・」

 

 

 

 

 

って切り出した。

 

そうして、「でもその前に、

 

あの紙に何かいたのか教えてよ」

 

 

そういうつもりだった。

 

 

 

すると、どうだろう。

 

 

 

「いいけど」っていう私の言葉を聞いたその途端、

 

亜由美はその次に続いた、「でも」っていう接続詞を無視して

 

素っ頓狂な声を上げた。

 

 

 

「ほんと??

 

ありがとー!!!

 

マジでありがとーーーーーー!!!

 

委員会、4時に視聴覚室!

 

そこに行って城崎代理って言って!

 

そうしたら指示もらえるはずだから!!!」

 

 

 


 

 

そう叫ぶ彼女の足は、

 

早くも昇降口に向かっていて、

 

私からどんどん遠ざかって行ってる。

 

 

そんな廊下のずっと先に小さくなっていく彼女を茫然と見つめながら、

 

まったく、今までの亜由美の行動パターンを考えたら、

 

わたしの「でも」に続く言葉を聞く気なんてあるわけないことに

 

気が付いて、

 

Yesと言った自分を

 

わたしってなんて本当に馬鹿なの、

 

と頭の中で罵った。

 

 

 

そうして彼女が廊下の角を曲がって、見えなくなったところで

 

 

腕時計に目を落とすと

 

 

すでに3時50分だった。

 

 

 

「4時ってあと10分しかないじゃない・・・」

 

 

私はそう頭の中で呟くと

 

教室の自分の席に戻り、

 

途中まで帰り支度が終わっていたカバンの中に

 

まだ仕舞っていなかった残りの教科書やら文房具を放り込んだ。

 

そして、その鞄を手に再度廊下にでると、

 

たくさんの生徒たちが帰宅しようと

 

昇降口へ流れるように歩いていて、

 

私はその流れに逆らうように視聴覚室へ向かった。

 


 

 

 

 

4時過ぎになって

 

全クラスの実行委員がやっとという感じで揃い

 

委員会が始まった。

 

 

 

時間通りに来た自分が

 

ばかばかしく感じるほど遅くに始まったその委員会の内容は

 

体育祭の細かい準備だった。

 

 

 

 

 

かなり面倒くさくて、

 

 

作業しながら亜由美を恨んだ。

 

 

もしかして、さぼりたかっただけじゃないの?

 

 

なんて思ったりもした。

 

 

そんな風にぶーぶーと愚痴を頭の中に渦巻かせながら

 

 

作業を進めるうち、

 

 

 

「おつかれさまー!

 

 

 

今日はもう遅いからここまでにしたいと思います。

 

自由解散にしますので

 

切りがいいところでそれぞれ帰ってくださーい。」

 

 

3年の実行委員会の委員長が

 

 

 

みんなにそう声をかけた


その声に

 

時計に目をやると7時すぎていて、

 

 

窓の外はもう暗くなっていた。

 

 

 

 

 

細かい作業って知らないうちに時間が過ぎるものなんだなー

 

 

なんて、お人よしなことを考えつつ、

 

 

代理で参加した実行委員だったので

 

 

友達がいるわけもなく、

 

 

私は視聴覚室の隅に置いておいたカバンを拾うと

 

 

ひとり校舎を出て

 

 

駅に向かった。

 

 

 

そうして駅に着いて、改札を通り、

 

 

 

 

ホームへの階段を降りながらホームに目をやると

 

 

朝とは全く違う様子が目の前に広がっていた。

 

 

会社帰りのサラリーマンがたくさん並んでいて

 

 

高校の制服を着ている生徒を探す方が大変だった。

 

 

 

 

そうだよね、もう7時だもんね。

 

 

 

 

 

 

暢気にあたりを見回していると

 

 

 

 

そこに丁度電車が入ってきた。

 

 

 

私は残りの階段を急いで駆け降り、

 

 

 

電車に滑るようにして乗り込んだ。

 

 

 


電車の中は満員だった。

 

 

 

 

 


しまった・・・。

 

 

 

 

急いで乗ったから女性専用車両に乗るの忘れてた・・。

 

 

 


私が男性特有のにおいの中で少し後悔していると

 

 

 

 

ガタンと電車が大きく揺れて動き始め、

 

 

周りにつかまるものがなかった私は

 

 

必死で足を踏ん張った。

 

 

 


その時だった

 

 

 

 

 

 

 

私の腰に何かが触れた。

 

 

 

 

 

 

 

うぅん。

 

 

 

 

 

誰かの指先がわざと下から上をなぞるような感じだった。

 

 

 

 

 

 

頭が一瞬のうちに凍りついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

痴漢・・・??

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう思うが早いか

 

 

 

 

 

 

さっきの指の持ち主であろう手が

 

 

すぅっと私のお尻をなでまわした。

 

 

 


ゾクっっと体全体に鳥肌が立つ。

 

 

 

 

 


ど・・・どうしよう!!!

 

 

 

 

 

 


怖くて動けない。

 

 

 

 

 

 

 

 

硬直する私の様子をいいことに

 

 

 

 

 

 

後ろの手の持ち主は

 

 

手を内ももにスライドさせていく・・・。

 

 

 

 

 

イヤ…!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

声が・・声が出ない。

 

 

 

 

 

まるで喉の声が出るところの壁が

 

 

ぴったりとくっついてしまったように

 

 

掠れ声すら出せない。

 

 

 

 

 

ありえない場所にある生温かい手の感覚と

 

 

 

 

 

喉の異様な圧迫感を感じながら

 

 

以前もこんな感覚を覚えたことを突如思い出してしまった。

 

 

 

中学の頃のあの時のこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中学2年生の1学期の終業式。

 

 

 

 

 

 

 

 

クラスメイトの男の子が引っ越すことになって

仲のよかった私たちは遅くまでカラオケで

 

盛り上がった後、

 

そろそろ帰ろうとしていた時だった。

 

わたしはその子に突然押し倒され、

 

体中を触られた。

 

恐怖で声が出なくて、

 

だけど無我夢中で彼の体を押しのけ、

 

私は乱れた着衣も正さず、

 

カラオケボックスを飛び出した。

 

そしてそのまま走りつづけ、

 

気がつくと家の前まで来ていた。

 

家の玄関の鍵を開けて、

 

急いで部屋に飛び込むと、

 

腰が抜けて、一晩中震えが止まらなかった。

 

 

 

 


あの時の・・・あの感覚と同じだった。

 

 

 

 

 

あの時はあれから、しばらくの間、

 

 

男性恐怖症っぽくなってしまって

 

 

立ち直るのが大変だった。

 

 

 

 

 

ぎゅっと閉じたまぶたの裏で

 

 

 

 

 

その時の思い出したくもない映像が

 

 

走るように流れていく。

 

 

その気味が悪い手はそうして私の体を触り続け

 

私の体は触られているその場所を中心に

 

 

石のように硬直して動けなかった。

 

 

それはとてもとても長い時間に感じて

 

頭がくらくらして

 

息さえも苦しく感じる。

 

 

そうしてだんだんと

 

 

足の感覚がおかしくなってきて

 

 

もう、崩れ落ちそうになっていた

 

 

その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男の人の怒号が耳に飛び込んできて、

 

 

 

 

 

 

 

私の腰や太ももをなでまわしていた手がすぐに遠のいた。


 

 

そしてその怒号を発した男性だとおもう。

 

崩れ落ちそうになっていた私を

 

 

「大丈夫か?」と支えてくれた。

 

 

 

 

足ががくがく震え、

 

 

 

 

目もちかちかとして

 

 

よく前が見えない。

 

 

 

 

本当は自分できちんと立ちたいのに

 

 

 

 

力が入らない。

 

 

わたしは仕方なく

 

 

助けてくれた男性に寄りかかるようにして

 

 

私は電車が次の駅に着くのを待った。

 

 

 

しばらくして目のちかちかはおさまってきたものの、

 

 

 

恐怖と屈辱で顔を上げられない。

 

 

 


しばらくすると電車は駅につき、

 

 

 

その男性は私を抱えるようにして

 

 

電車から降ろしてくれた。。

 

 

 

周りにいたそのほかの男性も協力してくれて

 

 

 

痴漢を捕まえてくれたらしい。

 

 

 

 

「だれか係員呼んでください!」

 

 

 

 

 

 

私を支えている男性は誰かに向かってそう叫んだ。

 

 

 

 

そしてすぐにわたしに囁くように優しく声をかけてきたけれど

 

 

だけど、彼の言葉に私はひどく驚いた。

 

 

 

「九条、大丈夫か?」

 

 

 

 

その人が私の名前を呼んだから。

 

 

 

 


え??何で私の名前を??

 

 

 

 

 

 

 

 

ぐるぐると回る視界が一瞬止まった感じがして

 

 

 

 

 

 

私は初めて頭をあげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「っ・・桧山・・!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目前に桧山の顔があった。

 

 

 

 

 

 

 

あまりにも近いその顔と、

 

 

 

 

私を抱えているのが桧山と言う事実に驚き

 

 

私は瞬間的に彼のからだを突き飛ばすようにして

 

 

体から離れた。

 

 

だけど私の足はまだがくがくしていて

 

 

倒れそうになった。

 

 

 

 

桧山は慌てたように私に駆け寄ると

 

 

 

 

すくい上げるように私を抱え、

 

 

「しばらくじっとしとけ」

 

 

と言った。

 

 

 

なんで・・・なんで桧山…

 

 

 

 

 

もう恥ずかしさの余り

 

 

 

頭を垂れて、自分の足元を見つめるしかなかった。

 

そうしているうちにしばらくして

 

 

あたりがざわざわとなるのが聞こえてきて

 

 

地面を見つめる私の視界の隅に

 

 

紺色のズボンの裾が入ってきた。

 

 

 

そしてそれが警察官の制服だっていうことが

 

 

 

耳に入ってきた言葉ですぐにわかった。
 

 


「君が、被害者かな?」

 

 

私はだまって頭を垂れたまま頷いた。

 

 

 


「で?あなたは?

 

 

被害者のボーイフレンドか何か??」

 

 


あまりにも密着して抱きかかえる先生に

 

 

 

中年らしきその警察官はボーイフレンド

 

 

という懐かしい響きの言葉を口にした。

 

 

 

私は精いっぱい拒むように

 

 

 

頭をあげて

 

 

「いいえ」と言おうとしたところ、

 

 

桧山が代わりに答えた。

 

 

 


「いや。僕はこの子の通っている高校の教師です。」

 

 

 

 

「で?あなたは加害者を見ましたか?」

 

 

 

 

「はい。そこにいる男性が

 

 

 

手でこの子の腰あたりを触っているのを見ました」



 

その言葉に恥ずかしくなって、

 

私はまたうつむいた。

 

 


「じゃぁね、とりあえず

 

 

被害者のあなたと

 

発見者のあなたね、

 

警察までご同行いただくことになりますが、

 

よろしいですか?」

 


警察が暗唱しているかのように

 

 

つらつらとそう言うと

 

 

 

桧山が私を気遣うような間の後で

 

 

 

私の耳元で静かに

 

 


「歩けそう?」

 

 

 

と声をかけてくれた。

 

 

 

 

学校でのいつものそっけない感じとは違う、

 

 

 

 

意外に優しい桧山のその言葉に

 

 

 

私は

 

 

 

「ん」

 

 

と頷くと、足を一歩踏み出してみた。

 

 

その足は自分の足とは思えないくらい震えていて

 

 

私の肩を抱えてくれている桧山にも

 

 

その振動が伝わってしまうんじゃないかと思った。

 

 

そして桧山は私と一緒に改札口の階段を一緒に登ってくれた。

 

 

 


交番は改札口を出てすぐのところにあった。

 

 

 

私たちは交番を入ったすぐの所に並べてあった

 

 

折り畳みの簡易椅子に座るように言われ

 

 

事情聴取を受けた。

 

 

 

なんだかすごく長い事情聴取だったけれど

 

 

 

その時間で私は少し落ち着けたように感じた。


 

 

最後に調書に署名をするように言われ

 

私たちはその通りにした。

 

 

 

「お疲れ様でした。今日はもうこれで結構です。」

 

 

 

 

警察にそう言われ、私たちは席を立った。

 

 

 

その頃には足の震えも止まり、普通に歩けるようになっていて

 

 

2人で交番の外に出ると、少しだけ肌寒い風が吹いていた。

 

 

 

「大丈夫?

 

 

 

お家の方に迎えに来てもらったほうがいいかな?」

 


桧山に優しい声でそう尋ねられて

 

 

わたしは

 

 

 

「あ・・。まだ親帰ってきていないから、

 

 

 

一人で帰ります。」

 

って答えた。

 

「えと・・・

 

 

ありがとうございました」

 

 

私は短くお辞儀して顔を上げると

 

 

 

先生は心配そうな気持ちがこもった顔で

 

 

だけど優しくほほ笑んでくれた。

 

 

 

その顔を見て、私はすみませんでした、ともう一度軽く会釈をすると

 

 

くるりと向き直った。

 

 

するとわたしの視界には駅が立ちはだかっていて

 

 

 

それを見上げると、電車の中の

 

 

あの怖かった感覚がまた戻ってきた。

 

 

 

また電車に乗らなきゃなんだ。

 

 

 

でも・・・どうしよ・・・怖い。

 

わたしは
 

今一番近くにいる人、唯一、この雑多な人の中で

 

私の知っている、この後ろにいる・・・先生に・・・

 

 

その人にすがりつきたい気持ちでいっぱいになったけど。

 

 

でも・・・でも、怖いって泣きつかれたところで

 

 

先生は迷惑するに決まってる。

 

 

 

 

わたしは自分の気持ちを隠そうと

 

 

 

 

振り返らずに駅に向かって一歩を踏み出した。

 

 

 

 

そして、また一歩。
 

 

 

 

駅が一歩ずつ近づくにつれ、

 

再び足が震えそうな気分になっていた。

 

 

 

 



続く
 

 

 

 

ペタしてね

稚拙な小説をご覧いただきありがとうございます。



2009-09-01 18:25:40