ご心配いただきまして、誠にありがとうございます。
また、長期間ご無沙汰しており、申し訳ないです…。

今回起きた大震災ですが、被災された皆さまのご心中、疲労はいかほどかと思うと
胸が締め付けられる思いです。
焦燥感やテレビの画面いっぱいに広がる惨状をみて
肉眼で見ている被災者の方々の気持ちを考えるだけでどうしようもない気持ちになったり…

そしてそんな気持ちを抱えているものの
まったく何もできない自分・・・
何もできないどころか、
今日もこうして普通に生活していることに
罪悪感さえ覚えます。

非力です。


ですが、その日のことを忘れないために、
手記として残しておきたいと思い、ブログが一番いい!と思い、
久しぶりに更新することにしました。



その瞬間、私は埼玉県内でも東京寄りの場所にいました。
職場のトイレの中でした。

(紆余曲折あって、今、一時的にある一企業に派遣されてます。
契約期間が終わったらまた英会話学校に戻る感じなのですが…)

何かめまいらしきものを感じて顔を上げると
体全体が痙攣しているみたいに震えて
驚いて個室の壁に手を添えると、壁も一緒に震えているように感じました。

「地震だ!!」と確信して
咄嗟にトイレに入ったときに
手を洗っていた方が2人ほどいたのを思い出して
個室から「なんか揺れてません???!!!」と叫びました。

すると
「え?あ・・・!!揺れてる!!!!!!」
と慌てるような声が返ってきました。

揺れはすぐに大きくなり、
すぐに個室から飛び出したのですが
そこから歩きだすことができず、
壁伝いに立っているのがやっとでした。


揺れが少し収まってきて、
慌てて自分たちの事務所に戻ると
皆さん机の下などに避難していました。

事務所内は騒然としていました。
大切な書類ばかりを扱っているので
幸い何かが裸で積んであったりすることはなく
重大な被害は全くありませんでした。

揺れが収まってしばらくして
みんな落ち着かない雰囲気でしたが
なぜか仕事に戻りました。

大きな被害がなかったせいかもしれません。

「え??だからってそんなんしてていいの?」
って一瞬思いましたが
右に倣えで私も自分のデスクに戻り
落ち着かない気持ちでいました。

しばらくして
放送が入り、屋外に退避するよう、指示がありました

「やっぱり、そうだよね??」
と心の中で突っ込みを入れながら
外に出ました。

その企業は大きな企業なので
構内には広いスペースが建物前に広がっていました
みんなそこに集まりました。

その時は東北地方であのような惨事になっているなど
想像もできず、
とにかく避難したその先で、自分や家族の命や身が無事だったことを知ると
次にほとんどの人が口にしたのが
「家のテレビ、大丈夫かな?」「テレビだけは勘弁してほしい」でした。

地デジ化に備えて、テレビを買ったばかりの人が多かったのです。


そうして退避時間が長くなってきて
寒さが身にしみるようになり
その寒さを紛らわせようとみんな携帯のワンセグで情報番組を見だしました。
そして東北地方の津波の大きさを見て驚いたり、
次第に電車が止まっているだの、
そういう外の様子がわかって

家のテレビの被害のことはどうでもよくなってきました。
そうして次はみんなどうやって家に帰るかを心配しだしました。

私の場合は小さい子供がいるので、絶対に家に帰らなければと思いましたが
この状態で、実家から誰かに車で迎えに来てもらっても
大渋滞の上、マイカーを出すなんて、渋滞に拍車をかけてしまう・・・と思い、
「自転車を買って家に帰るしかない」
と決めて、すぐに退勤して近くの大型スーパーで自転車を購入しました。

そこの自転車はすでに品切れ寸前でしたが
購入できたのは不幸中の幸いでした。

自転車購入後、裏に細かい起毛処理がされている
台所用の厚手のゴム手袋を買いました。

軍手より何より、厚手のゴム手袋なら
自転車で走るときグリップが利くし、
風も通さないから手も冷たくならないだろうと予測しましたが
やはり正解でした。

自転車に乗る前に牛丼屋さんで腹ごしらえしました。
こういうときは何かおなかに入れておかないと血糖値が下がって
体力が持たないので、何かあったら
まずはすぐに食べ物をおなかの中に入れておくのがいいと一つ勉強になりました。

最後に温かいみそ汁をすすって
自転車に乗りました。
家に帰るには254線沿いを走ればいいから…と254に出るまで
携帯のナビシステムを使ってすんなり254に出ることができました。
スマートフォンにはナビシステムが入っているので
こういうときに使うと便利だと思います。

254に入れば後はまっすぐなので
携帯の電池消耗を避けるため、すぐにナビを終了させました。

254は大渋滞でした。いつも車間を縫うように走っているバイクでさえも
この日ばかりはそのような走り方はできなかったようで
そんな車やバイクの隣を自転車で走りました。
この日は自転車が一番早い交通手段だったと思います。

そのまま254沿いを走り続け、川越の近くに来たところで
再度ナビを起動。
迷うことなく娘を預かってもらっている実家の川越まで
2時間半で帰って来られました。


今回のことで痛感したのは
近代文明のもろさです。
災害時には原始的な方法が一番効率的で、
そこに近代文明(私の場合はナビゲーションシステムでした)
を上手に取り入れると更に効果的かもしれません。

また、頼れるのは自分の足腰だけ・・・

災害時には自分はどうする必要があるだろうかと
頭で時々シュミレーションしておく必要もあるなと思いました。


さて・・・実家から家に帰ってきて驚きました。
そしてまた、日頃から地震に備えておいて良かったな・・・と
思わされました。

ここからは自分なりの地震対策も書き加えたいと思います。

まずは家具が少しずつずれていました。
そしてガス台の上に置いてあった土鍋が床の上で真っ二つに割れ
冷蔵庫が半開きになっていました。

ディスプレーされていたガラス製品も粉々でした。
このガラス製品、少々大きく、重みがあったのですが
配置してあった場所から落ちていた場所までの飛距離が
揺れの大きさを物語っていました。

(マンションの9階だったので相当揺れたようです。)

ただ、家具には地震対策のため、
軽いものを上、余り使わない重いものを下に配置し
使わない重いものは飛び出ないようにパンパンに入れてあったので
被害は最小限で済みました。

主人から「下に書籍が置いてあると出しにくい」と言われていたのですが
普段から切々と地震の時のためだからと説明していたのですが
今回で主人もそのことを実感してくれました。

食器は引き出しに収納していたので
すべて無事で、
鍋の類も引き出しに収納、もしくはフックに引っかけあったので
無事でした。

また、阪神大震災を体験した友人に話を聞いていたおかげで、
寝室に家具を置いていなかったので
すぐに寝室で休んで体力回復できました・・・!!

特別すごいことをしていたわけではないのですが
ちょっとした工夫が大きく効くんだなと実感しました。

こんな時だからこそ、自分の家族や自分自身の
健康管理や危機管理をしっかりすることで
不必要なパワーを使わずに、
そのパワーを被災地のみなさんに回すことができるのかな・・・と。

わずかな量でも集まれば大きくなるものね、と信じています。


この日、この時のこの気持ちを忘れないでいたいなと思います。