ASKAニューアルバム『Wonderful world』レビュー前編 | ただひたすらCHAGE and ASKA

ASKAニューアルバム『Wonderful world』レビュー前編

01.太陽と埃の中で

オリジナルアルバムの1曲目にセルフカバー曲を持ってくるのは珍しい。
ASKAは、アルバムの広がりにつながると直感し、この曲を1曲目にしたという。

原曲とは大きく異なるアレンジだ。澤近泰輔によるピアノ演奏と頭サビで始まるのは、ライブで歌うことを意識した構成らしい。

今年、テレビ番組で披露し、iTunesシングルランキング8位を記録しただけあって、楽曲に絶大な力がある。
ずっと夢を持ち続けて生きる魅力とその困難さの両方を内包する名曲だ。

お笑い番組G-1グランプリからテーマ曲として「PRIDE」を依頼されたとき、南行徳中学校の合唱部がアップしたYouTube動画「太陽と埃の中で」合唱をASKAが視聴し、セルフカバーしてのテーマ曲起用を決めている。

そして、今回のアウトロは、『STAMP』バージョンを引き継いでいて、私の中では日本一の名アウトロだ。

「DAY AND NIGHT TIME,RAIN AND SUNSHINE」は、きっと宮沢賢治の名詩『雨ニモマケズ』を意識したもの。
宮沢賢治の詩は、あらゆる欲を排した悟りの境地への願望を記しているが、「太陽と埃の中で」のアウトロは、少し異なる。

「I SEEK MY DREAM EVERYWHERE」
つまり、自らの夢をどこまでも追い求め続けると宣言するのだ。

ASKAは、具体的な「夢」の内容は詞に記さず、あくまで聴く人々それぞれの夢を想像させるような構成にした。
宮沢賢治のような、自らが悟りの境地に達する「夢」ではなく、一般庶民が子供の頃から持つような欲望としての「夢」なのだ。

教科書に載っている宮沢賢治の詩のような高尚な生き方がすべてじゃない。自分なりに描いた夢を追い続ける生き方でいいじゃないか。

そんな想いがこもっているからこそ、永らく人々の心に響き続けるのだろう。



02.自分じゃないか

ASKAは、自由なDADAレーベルを立ち上げたことからも分かるとおり、押し付けられた価値観に常に疑問を持ち、自らが新たな価値観を創造しようと試みることも多い。

「自分じゃないか」は、まさにその理念を歌いあげた楽曲だと思う。

イントロと歌い出しを聴くと、少しダークなロックである。
現在の沈み込んだ社会を反映しているかのように。

堀江貴文が『今の「常識」は、フィクションでしかない』と断言しているように、ASKAもまた、今の常識を信じる危うさを語りかけるように歌う。

そのままダークなサビになるのかと思いきや、サビでは一気に爆発的な発散が起きる。
サビで描かれるのは「七つの星」。
地球を取り巻く太陽系の惑星を指すのだという。
水星、金星、火星、木星、土星、天王星、海王星。

それとともに、モチーフとなっているのが新約聖書の『ヨハネの黙示録』に登場する「七つの星」。
『ヨハネの黙示録』は、その後の人類の未来に重なる部分が多く、預言書とも言われるほどだ。

どうしても変えられない宿命、自然環境、流行り病、他人、他国…。

想定外の事態が起きたとき、対処するのは結局自分なんだ。
そんな強い達観が伝わってくる。

1番と2番の間は、コーラスが間奏のメインとなり、2番ではAメロが1番とは全く別の歌のようにメロディーを変えて、力強さと明るさを増している。

そして、この曲には、ASKAの代名詞とも言える明確なCメロがない。2番のサビの最後に「自分じゃないか」を繰り返すところがCメロと呼べなくもないが、いつものCメロとは大きく異なる。
むしろCメロを担っているのは、間奏の自分を高揚されるかのようなメロディーだろう。

そして、大いに盛り上がる大サビの後、アウトロの演奏がない。ASKAの歌声で楽曲が終わるのだ。

アウトロがないため、最後のフレイズ「自分じゃないか」がずっと強く耳に残り続ける。ASKAの最近の楽曲で言えば「それでいいんだ今は」が記憶に新しい。
極めて効果的に、「自分じゃないか」というフレイズを使っている。

ASKAは、2012年に楽曲「いろんな人が歌ってきたように」で「すべては自分だ」「自分次第さ」と歌っている。
そのテーマが今回の「自分じゃないか」に受け継がれているように感じる。

「Fellows」と「月が近づけば少しはましだろう」。「愛温計」と「はじまりはいつも雨」。

ASKAは、しばしば過去の楽曲のテーマを受け継いで、そのときそのときの時代に適応した音楽を作り上げていく。

この楽曲は、ASKAが「いろんな人が歌ってきたように」から8年を経て、今の世相に合わせてテーマを引き継いだと言えるだろう。

すべては自分に行きつく。ロックでありながら、哲学的な響きさえ感じられる名曲である。



03.笑って歩こうよ

イントロ、Aメロ、Bメロと切ないメロディーが続く。1970年代に流行したメロディーをイメージして制作したそうだが、古さは感じず、むしろ普遍に愛されるメロディーだ。
コロナ禍の中、先が見えない不安と孤独にさいなまれる感情を表現する。

私も、コロナ禍になってから、慣れないステイホームやテレワークで心身のバランスを崩し、さらには病気になって入院する羽目になってしまった。
この1年は、かなり心が沈んで、一体これからどうなってしまうんだろう、という不安しかなかった。

ASKAも、ライブツアーの残り2本が延期を経て中止になり、ライブ活動再開の目途も立たなくなり、きっと心が沈んでいたのだろう。

Bメロまでは不安と孤独を吐露しながらも、サビでは、そういったものを丸め込んで「笑って歩こうよ」と促す。
その丸め込む「白い蝶々の羽根のカーテン」が懐かしさとともに、平穏で幸福な日常の象徴として、前向きな力を持って入ってくる。

このカーテンとともに、私の耳に残って離れないのが「悪い噂をされても黙って」というフレーズだ。

すぐに思い出したのがチャゲ&飛鳥時代の名曲「歌いつづける」。その中でASKAは「汚れた口の噂あるけど」というフレーズを使用している。
当時のASKAは、全身全霊で歌い続けることによって、噂を払拭しようとした。

その後も「月が近づけば少しはましだろう」では、いろんなことを言われて傷ついた心に対し、ベッドで朝から夜まで眠ることによって、払拭しようとした。

「Too many people」では、噂に耳をふさぎたくなって、自らの言葉で語らせてくれと叫んだ。

そんなASKAが今、噂なんて無視して「笑って歩こうよ」と歌っている。
コロナ禍で世界中が満遍なく沈んだ今、噂なんて、ごく些細な出来事にすぎない、という達観にたどり着いたのだろう。

前向きな考えと笑顔は、自らだけでなく、周囲にも好影響を与える。今、こういう時代だからこそ、笑顔の波及効果を広げて、社会を明るい方向へ変えていかなければならない。
そんな想いが繊細に伝わってくる名曲である。



04.どんな顔で笑えばいい

重い音質を響かせるギターサウンドが冴えるロックな楽曲だ。
他の楽曲とは異なる雰囲気を醸し出すのは、この楽曲だけギターリストの鈴川真樹が編曲を担当しているからだろう。

入り組んだ構成になっていて、何度聞いても飽きが来ない。Aメロ、A'メロ、Bメロ、サビ、Aメロ、Bメロ、サビ、Cメロ、Bメロ、B'メロ、Dメロ、サビ。
そんな構成だからこそ、多くの人々が組曲を連想するのだろう。

それぞれのメロディーの間を、ギターの効果的なメロディーが挟み込まれているから、すさまじいメロディー量を誇る。

ASKA特有のうねるようなメロディーと巧みな比喩がメロディー群を引き立てていく。

しかも、楽曲全体が比喩で構成されていると言っても過言ではないほど、具体的な出来事の描写がない。

ASKAが「違和感」をテーマにしたとインタビューで語っているとおり、この楽曲は、聴いても聴いても違和感が拭えない。

以前にも、断面を切り取ったかのような楽曲「と、いう話さ」やオリンピックのイメージを制作したインストルメンタル「Breath of Bless」を聴いたときにも、それまでのASKAの楽曲との大きな違いから、違和感を覚えたものだ。

「どんな顔で笑えばいい」も、そういった違和感を感じるわけだが、ASKAの楽曲は、そんな違和感が聴いているうちに大きな魅力となっていくことに気づかされる。

堂々巡りの世の中で、何か言動を起こせば、それに対して賛否が渦巻く。
匿名希望の人々がひしめき合って、足を突っ込めば身動きが取れなくなってしまう。

そんな笑えない世の中をどう生きていけばよいのか。
ASKAの心の叫びが感じられる作品である。


05.だからって

どこかで聴いたことあるメロディーだな、と思った方は、生粋のASKAファンだ。

この楽曲は、ASKAが2020年3月に自らの個人YouTubeチャンネル『Burnish Stone ASKA』で2回に渡って制作段階を公開している。




そのときは、まだ制作1日目から3日目であり、作曲も編曲も作っている途中の段階。歌詞はなく、ASKAがスキャットで披露しているだけだ。

それがこうして完成曲になってアルバムに収録されると、まるで自分が制作に立ち会っていたかのような錯覚が起きるから不思議だ。

この楽曲は、ASKAが「自分の中の強さと弱さの二面性」を表現したそうだ。
ゆったりと自分自身の内面をのぞき込むような優しいメロディーの中に、揺れ動く心が見える。

1番のAメロ、A'メロは弱さを、サビは強さを表現。
2番では逆にAメロ、A'メロで強さを、サビで弱さを表現。
そして、Cメロでは弱さを表現した後、大サビで強さを表現。
心の中で希望と失望が行き来しながら、最後は力強い希望で終わるところに救いがある。

作詞がASKAと松井五郎の共作だけあって、1つ1つの表現がどれをとっても心に深く刻まれる。

現在は、インターネットを通じて、様々な情報が入ってくる。これまでは、知らずに生きてこられていたはずなのに、知ってしまうと心穏やかには過ごせない。

情報過多になって、真偽も定かでない情報も多数入ってくる。
希望が増えた分、失望も増えてしまうのだ。

それでもなお、明日の希望を信じる。
そんな決意がうかがえる名作である。


06.僕のwonderful world

落ち着いた雰囲気を持つ男性のすがすがしい朝の場面を切り取った作品だ。

ビルボードクラシックスとASKAバンドの融合したライブ『higher ground』の流れがあったからこそ出来上がったような印象がある。

ASKAは、この楽曲のモチーフをルイ・アームストロングの「What a Wonderful World」と明かしている。「What a Wonderful World」は、ベトナム戦争の時代に、平和な世界を夢見て描いた楽曲。

一方、現在は、世界中がコロナ禍で苦しみ、沈んでいる時代。平穏な1年前が懐かしく感じられるほどである。
だからこそ今、ありふれた、すがすがしい朝に、素晴らしい世界を感じてしまう。
「僕のwonderful world」は、そんな今が詰まった歌だ。

ありふれた朝とはいうものの、楽曲に出てくる、起きる前に見ていた夢、そして、今を過ごす日々は、苦境や険しさがほのめかされている。
そこから、ASKAならではの巧みな比喩で、希望を描き上げる。

ASKAは、近年、こういったジャズをベースにした楽曲を時おり制作している。この楽曲を聴いて、「思い出すなら」が最初に浮かんだ。
「思い出すなら」は、夜の世界で、「僕のwonderful world」は、朝の世界。
なのに、つながりを感じてしまった。穏やかな情景を描いている共通点からだろうか。

「僕のwonderful world」は、心が穏やかになるようなストリングスとピアノの演奏が全編に渡って癒しの効果を生み出している。情感豊かなイントロとアウトロをしっかり作り上げ、歌の伴奏でも鮮明な景色を浮かび上がらせる澤近泰輔の編曲が素晴らしい。

この主人公が朝の情景に希望を見た光。カーテンの隙間からだろうか。差し込んできて、腕にリボンをかけたようなその光に、私も、現在の閉そく感からの道しるべを感じずにはいられない。



07.幸せの黄色い風船

2020年9月に3週連続で新曲を配信発売をしたときの1曲目だ。

その年、新型コロナウイルスが日本で感染拡大し始めてから、一気に世間の価値観が変わってしまった。

当たり前だったことが当たり前でなくなり、すさまじい勢いでオンライン化が進んでいく。

得たものも大きいが、失ったものも大きい。人と人の触れ合いが極端に減少し、接客が必要な業種が苦境に陥っている。

音楽業界も、まさにその1つだ。

ASKAは、自らとファンの境遇に重ねていく。
CHAGE and ASKAとTUG of C&Aの境遇から、ASKAとFellowsの境遇へ。
ASKA自身も、メジャーからインディーズへ、既婚から独身へ。

なんか今、世の中が僕たちの真似をしているみたいだね、と。

だからこそ、今必要なのは「ロマン」だ。と、ASKAは、歌う。
人々の心が沈んでいるからこそ、明るく前向きな気持ちで夢を持つことが大切だ。
そうすれば、打開する道は開けてくる。

だって、ASKAとFellowsは、もはや立ち直れないのではないか、と思えた境遇から、鮮やかに立ち直ったじゃないか。

この曲で描かれる主人公の発想は、常にポジティブだ。
たまたま見た時計の時間が昨日と同じだったら、そこに幸せを感じる。芽生えた愛に永遠を感じる。

そして、みんなで幸せの黄色い風船を空に向けて放ち、新しい幸せを感じようじゃないか、と扇動するのだ。
「黄色い風船」は、おそらくアメリカ民謡「黄色いリボン」や日本映画『幸せの黄色いハンカチ』によって、黄色が幸せを願う象徴となっているのが起源だろう。

私は、この楽曲を聴きながら、「みんなで幸せになりたいね」と歌った名曲「世界にMerry X'mas」の理念を思い起こした。
ASKA独特の甘く優しいラブソングの歌い回しでありながら、壮大な人類愛を歌いあげているからだ。

そして、Cメロにレゲエを取り入れて、強く印象づけているのも聴きどころ。時計から得た幸福と、自らが想起したおとぎ話を膨らませながら、実際に膨らませる黄色い風船と掛けている。

2021年9月11日の発売1周年記念日には、ファンを中心にSNSで「幸せの黄色い風船を飛ばそう」企画が巻き起こり、著名人も参加して大きなイベントとなった。

2022年の発売2周年では、さらに多くの人々が参加して、9月11日が「幸せの黄色い風船デー」として、全国で恒例行事になっていく様子を体現できた。
こうして、風習や風物詩が出来上がっていく経緯をリアルに経験できるのは極めて貴重だ。

早くコロナ禍を克服し、世界中のみんなが幸せになろうよ。

「歌は世につれ世は歌につれ」

人類愛を歌ったこの楽曲が連鎖するように世界中に広がり、幸福が広がることを願っている。