ASKAニューアルバム『Wonderful world』レビュー後編 | ただひたすらCHAGE and ASKA

ASKAニューアルバム『Wonderful world』レビュー後編

08.それだけさ

ASKAは、自らの内面をずっと歌いつづけてきたシンガーソングライターだ。
この楽曲は、自らが作詞・作曲・編曲・歌唱を務める純粋にASKA自らがすべてを生み出した作品である。

それだけにASKAの内面が鮮明に映されている。
この楽曲は、「君」に対して歌っているが、創作としてのラブソングとして聴ける反面、「君」をASKAの身近な人々やファンとしても聴ける。

ASKAがSNSを開始するようになってから、ファンからはASKAが大きく変わったという声が多い。
私としては、メジャーアーティストとして、これまで秘めて表に出てこなかったものが出てきている面が大きいとは思うが、それでもやはり変わり続けているのは随所に感じる。

変わり続ける。
それは、ASKAがこれまで歌いつづけてきた理念でもある。
「変わり続けることでしか 生きていくことができなくなってる」『NEVER END』
「大事なものが 変わってきた」『この愛のために』
「僕たちを真似るように 世の中変わっちゃったね」『幸せの黄色い風船』

 

そして、ASKAは、この曲で「僕は変わり変わり続ける」と歌った。

この変化し続ける姿勢が進化と前進を生み出しているのだ。

この楽曲のイントロは、極めてシンプルで短いピアノサウンドだ。SNSでイントロが飛ばして聴かれる今の時代に合致したイントロとも言えるだろう。
ASKAは、しっかりしたイントロで楽曲を制作することにこだわりを見せることがある反面、こうして今風のイントロ制作を試みたりする。

そうやって、変わり続けながら、ASKAは、これからも新しい音楽を作り続けて発表し、SNSで自らが信じるものを発信していくのだろう。
後半に行くにつれ心情が高ぶっていく歌唱からは、ASKAの変わり続ける中でも揺らがない信念が聴こえてくる。

何を言われても、自分の信念は曲げない。
「それだけさ」は、そう語っているように感じられた。


09.PRIDE

AbemaTV『逆指名インタビュー』でASKAが亀田興毅を指名したことがきっかけとなり、始まった交流。

コロナ禍の中、ボクシングの興行ができずにボクサーで生活できない人たちが続出。
亀田興毅がボクシングへの恩返しとして、ボクシング界再興に立ち上がった。その様子はYouTube『亀田興毅×亀田大毅の3150チャンネル』の「会長。亀田興毅~亀の恩返し~」で公開されている。

そんな再興のテーマ曲にふさわしい楽曲として亀田興毅が選んだのは、CHAGE and ASKAの人気ナンバー1の名曲「PRIDE」。

しかし、原曲の「PRIDE」の版権をASKAさんが持っていなかったため、ASKAがソロセルフカバーとして「PRIDE」を再録してシングル化。
多くのファンが待ち望んだシングル化だった。そして、ニューアルバムにも収録となった。

この「PRIDE」が特別に持っている魅力は何か。
それは、楽曲の裏側に流れる熱くみなぎる心情だと思う。

「PRIDE」は、表面的には恋人との別れの歌である。
恋人から別れを告げられた主人公は、大きな痛手を負って自分の部屋に戻り、別れの場面を回想する。別れを切り出された事実は、自らに対する否定でもあり、自信を喪失させる。それでもなお、自分の中で最後の誇りだけは持ち続けなければ生きていくことはできない。

失恋ですべての力を失った主人公は、窓から注ぐ光によって、誰の上にも分け隔てなく太陽の穏やかな光が降り注いでくることを知る、そして、最後まで譲れない誇りを振り絞って歩き出そうとする。
現実に打ちのめされ、大きな痛手を負うことによって失うものもあるが、それと同じくらい得るものだってある、と。

ここまで見てくると、「PRIDE」が単なる失恋の歌ではなく、それ以上の大きな力を持っている理由が分かる。
人々が生きて行くうえで必ず経験する別れ・苦しみ・挫折・嘲笑。そういった苦々しい経験すべてを優しく包み込み、前向きな姿勢を取り戻させてくれる力がある。
これほどまでに特異な輝きを放つ楽曲は、他に類を見ない。

作家石原信一は、この楽曲が発表された後、『PRIDEⅠ・Ⅱ』(八曜社)というCHAGE and ASKAのノンフィクションを発表した。
10年間のCHAGE and ASKAの歩みを克明に描いたその本に流れるテーマは、CHAGE and ASKAが自らの音楽を信じて幾多の障害を乗り越えながら新たな挑戦を続けてきたプライドだった。

私は、この名曲「PRIDE」に勇気づけられたタレントやファンの話を数多く耳にしている。
だが、私は、全国でどれだけの人々が「PRIDE」に救われてきたかは知る由もない。
とはいえ、現在でも「PRIDE」が圧倒的な人気を誇っている理由は、やはり多くの人々に特別深く強烈な印象を与えるからだろう。

私は、学生時代にもがき苦しんでいたときに「PRIDE」を知り、何度も繰り返し聴くことによって何とか前に進んでこられた。
そして、今も私が苦しいときに最も頼りにする楽曲はと言えば、やはり「PRIDE」なのである。

人は、誰しも最後まで譲れない誇りがあって、生きている限り、決して手放すことはできない。
挫折して、打ちひしがれながらも、自らの最後の誇りを必死に守り続けようとする主人公の姿に、聴衆は、自らの人生を重ね、共鳴する。
だからこそ、「PRIDE」は、多くの人々にとって、特別な楽曲なのだ。




10.プラネタリウム

アルバムの中には軽快で明るい曲調のポップソングが不可欠だ。
「東京」や「今がいちばんいい」、「虹の花」といったふうに。

この「プラネタリウム」は、そんなタイプの楽曲で、1990年代にシングルで発売していれば大ヒットしてそうである。
ASKAのラブソングが好きな人たちにとっては、まさにツボにはまる楽曲にちがいない。
真夏の熱い夜に、愛する人とベッドに寝転んで真っ暗な部屋の天井を「プラネタリウム」と表現しているのだろうか。

この楽曲を聴いていて、引っ掛かりを覚えるのが、サビの最後に出てくる「憂鬱」という言葉だ。

歌詞に「憂鬱」という言葉が入っているのを聴いたのは、初めてのような気がする。
最もネガティブとさえ言っても過言でない言葉を極めてポップなメロディーとリズムに乗せて歌う。
それによって、ネガティブな言葉をポジティブな言葉に覆してしまう。

私は、「はじまりはいつも雨」で、世間が雨に持つ暗く悲しい印象を大きく覆したのを思い出した。

この曲は、アルバムの中でもひと際、明るい雰囲気で華やかな光を放っている。
ここ3年間、世の中全体が暗く沈んでしまっているだけに、この楽曲が描くラブソングの風景は、人々が愛を育む普通の生活の尊さが浮き彫りになっている。


11.君

ASKAが韓国ドラマに影響を受けて、未発表曲を作り変えて発表した楽曲だという。
ASKAの韓国ドラマ好きは、ファンの間では有名な話だが、こうやって楽曲にまで影響が及んでくるところが面白い。

澤近泰輔のアレンジは、キーボードの音色を巧みに配置して、様々なタイプの音楽の要素を取り込みながら、まるでドラマの一風景のような雰囲気とストーリーを作り上げてくれる。

「君」を聴いて抱く印象は、一風変わったバラード。穏やかで甘いラブソングの曲調なのに、底知れぬ孤独を感じてしまう。

自分の心の中にある宇宙を描いていて、名曲「UNI-VERSE」「歌になりたい」とのつながりを感じさせてくれる。
「UNI-VERSE」では「僕らはきっと自分で哀しくなってる」と歌ったASKA。
「歌になりたい」では「どうして僕らは愛を求めながら 寂しい方へと歩いてゆくんだろう」と歌った。
「君」では、「宇宙はきっと寂しいんだろう」と歌い、この寂しさが宇宙共通のものなんだ、と歌い上げる。

生きていれば、必ず苦手なことに突き当たる。些細なことでも積み重なれば、心が沈んで孤独を感じてしまう。

それを救ってくれる存在として、1番のサビで「君」が現れる。その場面にしか現れない「君」が楽曲全体を通じて、救いの存在になっていて、それが楽曲のタイトルになっている。

やはり一風変わったバラードである。


12.誰の空

ASKAは、この楽曲についてインタビューで「“なんでも歌にしてやろうじゃないか”という気持ち」と語っている。

私がこのアルバムの中で最も共感したのがこの楽曲だ。
このアルバムでは「PRIDE」や「太陽と埃の中で」が注目されがちだが、この曲は、それに匹敵するほどのパワーを持っていると言っても過言ではない。

私は、19歳の頃から趣味で小説を創作していて、常日頃から日常生活で起きる些細な出来事ですら、これは小説にならないかな、と考えてしまう癖がついている。
刺激的な出来事に遭遇したら、大抵は、小説という形にして昇華しようとしている。
きっとこれは、創作者共通の習性なのではないかと思う。

以前、清木場俊介がASKAの音楽について「聴いていると、その人の人生が見えてくる」と語っていた。まさに、ASKAの音楽は、人生そのものなのだ。

ASKAは、自らを歌いつづけてきた。しかも、歳を経るごとに、架空の物語よりも自分自身の体験に基づいた内容が色濃くなってきている。
「しゃぼん」「Too many people」「Fellows」「Black&White」などは、ASKAでしか作れない楽曲だ。

トップアーティストとして人気を博し、多才な人脈も持つASKAは、一般人には決してできない経験と情報網を持っている。
さらに、1人の生身の人間として、人並み外れた感性と才能を持ち合わせる。

だからこそ、ASKAが作り上げる音楽は、この歌詞にあるように「生きることのすべて」が詰まっているのだ。

この楽曲におけるASKAの歌唱も独特だ。Aメロの途中から、とにかく語尾を伸ばさずに切って歌う。
それは、自らが信じて作り上げたものを世間に発表していく、という強い決意に感じられる。

2番に出てくる「強い痛み」。これは、一体どんな経験を指しているのだろう。まず最初に、2010年代半ばに起きた一連の騒動が思い浮かぶ。それ以外にもASKAは、様々な強烈な体験をしてきているから、それらすべてを指しているのかもしれない。

ASKAは、それらの強烈な体験をこれまで歌として昇華してきたのだ。そして、これからも、ASKAは、様々な体験を歌にしてくれるだろう。

個人的に、この曲は、シングルとして世間に広めてほしいほどの神曲だ。


13.I feel so good

この曲は、幸福感が溢れるラブソングだ。2021年のシングル「PRIDE」のカップリング曲として発売になった当初から、ファンの間で人気が高かった。

温厚で繊細なイメージがある藤山祥太がそのイメージどおりのアレンジを施してくれている。
そして、「最高の気分だ」と訳せるこの楽曲タイトルのとおり、ASKAが甘く優しい歌声で丁寧に歌い上げていく。

主人公は、自らのメンタルを強いと褒めてくれた愛する女性に、自分を守ってくれているのは君なんだよ、という感情を抱く。

孤独と悲しみは、強さを生むかもしれないが、幸福は愛のある笑顔から生まれる。

Cメロでは当たり障りのない言葉を発せられなくなった自らとそれをとりまく世情を嘆くが、大サビの中に差し込まれてくるようなDメロに主人公の願いが繰り返される。

様々なタイプの楽曲が詰め込まれたこのアルバムの中で「I feel so good」は、ひと際癒しを感じられる楽曲だ。

そんな楽曲がラストに収まっているから、聴き終わった後が極めて心地良い。

アルバムとして丸い円に収めることを常に意識して曲順を配すASKAの真骨頂がここに表れている。

毎度のことながら、このアルバムは、過去最高の名盤だ。