「小雪……」




龍影は眉間に皺を寄せて文を握り締めた

童に振り回されているのが何とも気に入らない。

些か不機嫌な様子の龍影に、琴音は宥めるように声を掛けた。




「兄上、悠助達にも伝えた方が……」




「嗚呼」




龍影はそれだけ呟くと静かに家を出ていった。

その姿が修羅の時の背中の様で、琴音は思わずぎゅっと胸の前で手を握り締めた。










「随分と不機嫌ですね、龍影さん」




何の感情も持たない声に、龍影は家を出た所で足を止めた。

龍影の家の門に寄り掛っていたのは、袖口に山形の模様を白く染め抜いた浅葱色の羽織を着た一人の男だった。


其れを見た龍影は殺気を込めて呟いた。




「……この矛先、お前達新撰組に向かないことを祈っていろ」




正に修羅の目をした龍影に、沖田は肩をすくめると静かに歩き出した。




「(恐ろしい人だ……。小雪さんが亡くなってから一度も現れなかった人格が現れてきている。其れ程までに小雪さんが大切ということですか。しかし、今大切なのは小雪さんではないでしょう?)」




沖田は龍影の前を歩きながら、視界の端に龍影を映すと心に言葉を放った。

しかし、龍影は砂埃を生み出す道を見詰めており、沖田には其の表情を見ることは叶わなかった。













暫く歩くと大きな門が見えてきた。

新撰組の屯所である。

沖田に続いて門を抜けると其処には鬼の副長、土方歳三が立っていた。




「あれ?部屋にいると思ったのですが……」




「お前が勝手に文を出したことには気付いていたからな」




そう言って鬼の副長に相応しい鋭い視線を龍影と沖田に向けた。

しかし龍影は其れを撥ね退けて口を開いた。




「どうして小雪の刀が無くなった?」




「さあな」




素っ気無い土方の言葉に龍影は殺気を込めて睨み付けた。

修羅の目を見た土方は思わず鼻で笑った。




「おいおい。お前がすべきことは俺を睨むことか?手前が守るべきものは何だ。それを見失うんじゃねぇ」




土方の言葉に龍影は悔しげに口をぎゅっと結び、視線を外した。




「あの刀が無くなったのは事実ですし、そう苛々しないで下さいよ」




沖田はそう言ってわざとらしく溜息を吐いた。




「お前が色々言えた立場か?勝手に行動しやがって。お前を粛清なんてごめんだぜ」




「はいはい、済みませんでした」




反省した様子の無い沖田に土方は顔を顰めるが、深く溜息を吐くと二人に背を向けて歩き出した。




「あれ?お咎めなしですか?」




「……勝手にしやがれ」




土方は言葉を放り投げて姿を消した。

沖田は其れを見届けると未だに口をぎゅっと結んでいる龍影に声を掛けた。




「龍影さん。小雪さんの刀が紛失したのは此方の落ち度です。しかし、誰も触れてはいないことを信じてはくれませんか」




「誰かが持ち出した可能性は本当にないのか」




「有り得ません。あの刀は普通の刀じゃない。幹部ならまだしも、ただの隊士が触れれば狂ってしまう。此処に持ってくる時も幹部総出で運んだのですから」




其の時の苦労を思い出したのか、沖田は本当に溜息を吐いた。




「複数で持てばどうなる」




幹部ではなくとも、複数で持てば触れることが出来るのではないかという龍影の考えに沖田は首を横に振った。




「そんな人数で持ち出そうとすれば誰かが気付きます。此処は壬生狼の巣ですよ?」




けらけらと笑う沖田に龍影は複雑な表情で口を閉じた。

複数で持つことにより、妖刀に意識を乗っ取られる可能性は分散する。

しかし其の光景は確かに目立つだろう。

沖田の言う通り、誰にも見付からずに運ぶのは困難だった。




「置いてあった蔵を見てみますか?」




沖田の言葉に龍影は首を横に振った。




「消えたことを嘘だとは思っていない」




先刻よりも落ち着いた声音に、沖田は思わず心中で安堵の溜息を吐いた。

そんな沖田を余所に、龍影は何かを決意したように形の良い唇を引き締めると、静かに屯所の門を潜った。

其の儘立ち去ろうとする龍影に沖田は軽く言葉を投げてみた。




「お茶でも飲んでいきませんか」




龍影は片手を振って応えると、沖田の視界から姿を消した。













屯所から出た龍影は、家に戻らずに小雪の墓前にいた。

愛しい眼差しで墓を見詰める龍影に、狐火は遠慮がちに声を掛けた。




「龍影……。小雪の刀のことなんやけど」




「何だ」




「妖刀の中には、持ち主が居なくても動ける刀があるんや」




その言葉に龍影は目を見開いて声を上げた。




「どういうことだ!?」




狐火は刀から出ると龍影とは反対に、静かな声で話し出した。




「力が強くて、純粋に一つの魂から出来とる妖刀は、自分で本体を持って移動出来るんや。わいみたいな弱い妖刀は無理やけど、小雪の妖刀やったら……」




その先は言わずとも龍影には理解出来た。




「刀から出てこなかっただけで、本当は狐火のように形をもっていたのか……。だが、本当にそうだとして、刀は何処に行ったんだ」










龍影の言葉は力なく地面へと落ちた。丸で嘲笑うかのように――。







.