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BS-TBS韓国ドラマ「広開土太王」悪質な倭国侮辱(天皇侮辱)
 
去年の一連の韓国による異常な日本侮辱や挑発の中でも一歩間違えば紛争(普通の国なら)になりかねない極め付けに危険な物だったのが、韓国海軍によるレーダー照射事件ですが、もはや最近マスコミでは聞かれなくなっている不思議さ。
 
それはともかく、そのレーダー照射事件の本当に最中にこれまた異常な日本侮辱の偏向古代史ドラマがBS-TBSで放映されていました。それがBS-TBS韓国ドラマ「広開土太王」です。
 
このドラマはそれぞれ実在した古代半島王国を舞台にした時代劇なのですが、主役の高句麗が異常に強国になり、日本関連で言えば、当時の倭国を騎馬民族の高句麗が海を渡って侵攻してきて「属国」にするという捏造を展開します。誤解の無い様に書きますが、そんな事実はどこにもありません。
関連→騎馬民族征服説
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※最終回の部下の台詞↑
実際には、朝鮮半島の中央部にまで頻繁に侵攻していた倭軍を一応半島南部まで高句麗が「撃退した」というのが事実です。倭軍はその後のさらに先の「白村江の大敗」まで半島権益を保持し続けました。
 
そしてこのドラマが悪質なる点は、そうした捏造のみならず、韓国が近現代に持っている日本への逆恨み、軍国主義批判を「近現代史を古代ドラマに反映させる手法」で表現している点です。
関連→古代史を近未来SFで描く手法
 
その大きな一つが、旭日旗のイメージです。
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そして倭国を率いる「首長」という存在が問題です。
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この「首長」がwikipediaでは「大王」とはっきり書かれています。
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※wikiよりキャプチャ
劇中では画面キャプチャに有る様に「首長」と書かれているのですが、wikiでは大王と書かれています。しかしこれは劇中、中華=皇帝 朝鮮王国=王 倭国=首長 という中華思想を反映した設定とは多少のズレを感じます。過去の放映では大王となっていたのか、原文(韓国語)では大王なのか不明ですが、蘇我氏の祖先が仕えているという点では大王=天皇に相当する存在なのは確かでしょう。
 
年代から換算して、神功皇后から応神天皇~仁徳天皇等、朝鮮半島と闘い続けた「河内期」(×河内王朝)の時代の何れかの天皇への侮辱に当たります。
 
富士山をバックに倭国本拠地=オカルト史観「徐福・富士王朝」がモチーフ?
※信憑性が疑われるいわゆる古史古伝を韓国人が読んでたら凄いマニアだな。
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↑富士山の角度の違いから倭軍の本拠地とは違う場所の場面では「天守閣」が発生。
東京方向、つまり江戸城からの富士山か?=皇居?
 
そしてこのドラマが最悪な点が、高句麗が侵攻して来て倭国を属国とする場面で「首長」を捕縛する場面です。
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wikiでははっきりと大王と書かれる首長を捕縛、縄目に掛ける、こんな悪質な反日ドラマを放映したBS-TBSはどんな神経をしているのでしょうか?しかも韓国軍が勝手にやった事とは言え、レーダー照射事件騒ぎの最中にです。
 
黄色wiki
中国
宋代から清代までの中国では、黄色は皇帝・皇位を表す色として尊ばれ、皇帝以外の使用が制限された。黄色が皇帝を表す理由に、「黄」と「皇」の発音が同じ(北京官話ではともにhuáng)だからという説がある。また、中国の五行思想で黄色が中央を表すことから、国の中心である象徴として黄色の服を着たともいわれる。黄色は黄帝の象徴である。
 
黄櫨染御袍wiki
黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)とは、平安時代以降の日本の天皇が重要な儀式の際に着用する束帯装束の、「黄櫨染」の色の袍のことである。黄櫨染(こうろぜん/はじぞめ)は櫨の樹皮と蘇芳から染め出される色で、「赤みがかった黄色」[1]や、「黄がかった茶色」[2]等と言われるが、時代や着用者の年齢等によってかなり幅のある色であったと考えられている[3]。
 
しかし実際は全くの逆です。
 
倭・倭人関連の朝鮮文献wikipedia
 
好太王碑文

好太王碑文(414年(碑文によれば甲寅年九月廿九日乙酉、9月29日 (旧暦))建立)

391年(辛卯(耒卯)年)「百残新羅舊是属民由来朝貢而倭以辛卯年来渡■破百残■■新羅以為臣民」
        そもそも新羅・百残は(高句麗の)属民であり、朝貢していた。しかし、倭が辛卯年(391年)に■を渡り百残・■■・新羅を破り、臣民となしてしまった
 
399年、百済は先年の誓いを破って倭と和通した。そこで王は百済を討つため平壌にでむいた。ちょうどそのとき新羅からの使いが「多くの倭人が新羅に侵入し、王を倭の臣下としたので高句麗王の救援をお願いしたい」と願い出たので、大王は救援することにした。
 
400年、5万の大軍を派遣して新羅を救援した。新羅王都にいっぱいいた倭軍が退却したので、これを追って任那・加羅に迫った。ところが安羅軍などが逆をついて、新羅の王都を占領した。
 
404年、倭が帯方地方(現在の黄海道地方)に侵入してきたので、これを討って大敗させた。

訳;井上秀雄『古代朝鮮』〈講談社学術文庫〉、2004年 ISBN 4-06-159678-0
 
 
倭・倭人関連の中国文献wikipedia

『梁職貢図』
斯羅国(新羅)についての記述

「斯羅國,本東夷辰韓之小國也。魏時曰新羅,宋時曰斯羅,其實一也。或屬韓或屬倭,國王不能自通使聘。普通二年,其王名募秦,始使隨百濟奉表献方物。其國有城,號曰健年。其俗與高麗相類。無文字,刻木為範,言語待百濟而後通焉」[5][6]。
 
斯羅國は元は東夷の辰韓諸国の中の一小国であった。魏の時代では新羅といい、劉宋の時代には斯羅というが同一の国である。或るとき韓に服属し、あるときは倭に服属していたため、国王は使者を派遣できなかったとしている。普通二年(521年)に、募秦王(法興王)が、初めて、百済に随伴し朝貢する使節を派遣した。斯羅国には健年城という城があり、習俗は高麗(高句麗)と類似し文字はなく木を刻んで範とした(木簡)。百済の通訳で梁と会話を行った。
 
はっきり朝鮮側文献、資料に倭国が朝鮮の一部を服属させていた事が明記されています。
 
では日本国内の歴史番組ではこの辺りの時代をどの様に解説しているのか?
 
例:NHK BS 英雄たちの選択
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朝鮮の国々は日本の兵力をあてにして贈り物を持ってきたと。
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いやでも、朝鮮側碑文とか中国側文献とかに倭国に服属してたと書いてるのに「日本が勝手に思い込んでた」って。意地でも日本(倭国)が大国だったらダメなのか。
 
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最初の画像の学者も「東日本はどうなってるか謎だから本気で大国と思っていたかも。」となにやら上記引用と矛盾するような事も言っている。
 
司会の学者が言う様に「朝鮮の国々一国」と倭国日本を比較したら、明らかに倭国は大国で一部の朝鮮国は服属してたのは事実なのに、ひたすらその事は「無かった」「気のせい」みたいな方向に持って行く。
 
日本の歴史番組は大抵が「白村江で日本は大敗、無謀な野望が潰えた」「倭の五王は実力以上に朝鮮の利権を求めた」というテーマに乗っ取って番組を作る。
 
韓国側は異常な韓国捏造史観=日本文化朝鮮起源を放映し、日本側はひたすら朝鮮半島への影響を過小評価しようとする、それを総合すると、普通の主婦の方なんかは「日本の文化は朝鮮から来た」みたいな旧来の学説をそのまんま温存する事になる。
 
さらに近現代の逆恨みを古代史にまで反映させる事で、レーダー照射とか韓国国会議長による天皇陛下謝罪強要事件みたいな異常な反日事件が誘発される。
 
しかし自分が一番おかしいと思うのは、日本国内で、韓国と同様の「反天皇モチーフ」「反旭日旗モチーフ」が散見される事にある。
 
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るろうに剣心 伝説の最期編
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